横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

ハリー・セーデルマンと名探偵カッレ

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 スウェーデンの児童作家アストリッド・リンドグレーンの「名探偵カッレ」シリーズを読んだ。少し前に、カッレのモデルは、スウェーデンの犯罪学者ハリー・セーデルマン(Harry Söderman)をモデルにしているという話を知り、急に読みたくなったのだ。

 セーデルマンはフランスの犯罪学者エドモン・ロカールの弟子で、外国人研修生を何人も受け入れていたロカールが「教え子の中でもっとも優秀」だと評価していた。スウェーデンでは国立犯罪科学研究所所長に就任し、弾道学の専門家で「リボルバー・ハリー」のあだ名がついた。海外からも引き合いがあり、米国のリンドバーグ愛息誘拐事件の捜査にも関わっている。

 

 リヨン科捜研の仕事以外にも出版活動を行っていた恩師ロカールを真似たのか、帰国後、セーデルマンも犯罪文学雑誌「Nordisk Kriminalteknisk Tidsskrift」を作っていたという。その時に秘書として働いていたのがリンドグレーンだった。

 そういう視点で読んでみると、ただの少年探偵小説ではない。『名探偵カッレくん』では怪しい人物の指紋を採取する。『カッレくんの冒険』では、チョコレートを分析するため、カッレが自室で科学実験を行い、毒物を検出するのだ。探偵というより、まるで科学捜査研究所ではないか! 

 もちろん、執筆にあたってリンドグレーンも前述の犯罪文学雑誌を含め、色々な探偵小説を読んでいただろう。でも、ハリー・セーデルマンの影響はどのくらいあったのだろ? 彼がフランスで学んできた最先端の科学捜査の知識が反映されていたに違いない。そう思いたい。

 

【追記】
 「名探偵カッレ」新訳の訳者解説を読んだので補足する。
 リンドグレーンがハリー・セーデルマンの秘書として働いていたのは、1930年代末(英wikipediaだと1940~1941年とある)。

 この頃にアストリッドは彼のもとで、指紋や暗号、具体的な科学捜査の方法といった、犯罪に関するさまざまな知識を身につけた
                    『名探偵カッレ地主館の罠』

 

 やがて第二次世界大戦が勃発する。スウェーデンは中立国だった。開戦の翌年の1940年より、彼女は他ならぬハリー・セーデルマンの紹介で特別情報機関に勤務し、手紙の検閲に従事したという。
 当初思っていたのより、ハリー・セーデルマンはリンドグレーンにとって重要な役割を果たしている。

 


 「名探偵カッレ」シリーズ3作品のうち、2作が映画になっている。

 

 

 原作ではカッレは眼鏡をかけていないが、映画では眼鏡をかけている。ネットで「ハリー・ポッターみたい」という意見も見たが、ハリー・ポッターが最初に出版されたのは1997年、映画は1996年と、さらに早いのだ。あくまで想像だが、カッレのモデルとなったハリー・セーデルマンを模したのではないだろうか?

 

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 エドモン・ロカール自慢の愛弟子ハリー・セーデルマンは、50代の若さで急逝し、恩師を悲しませた。

 

【自分用メモ セーデルマンの著書の邦訳】

『犯罪を追って――ある警察人の生涯』ハリイ・ゼーダーマン著、池田健太郎訳、東京創元社(1960年)Policeman's Lot: A Criminalist's Gallery of Friends and Felons

『現代犯罪捜査の科学』ジョン・J・オコンネル、ハリー・ゾエデルマン共著、滝川幸辰、板木郁郎共訳、岩谷書店(1969年)Modern Criminal Investigation

 

【追記】

 母国スウェーデンでこんな漫画が出ていた。スウェーデン語まったく読めないけど、とても気になる。