横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

名探偵エミールの冒険 『ドーヴィルの花売り娘』

名探偵エミールの冒険 『ドーヴィルの花売り娘』
ジョルジュ・シムノン著 長島良三訳 読売新聞社


 「メグレ警視」シリーズで知られるジョルジュ・シムノンは、メグレ以外にも探偵シリーズを書いていた。主人公は、「О探偵事務所」に勤務するエミール。所長は、かつてパリ警視庁でメグレの部下だったトランスだが、それは表向き。実際はエミール青年こそがこの探偵事務所のボスであり、頭脳なのだ。

 

 日本語版は『ドーヴィルの花売り娘』、『老婦人クラブ』、『丸裸の男』、『О探偵事務所の恐喝』4冊の単行本で、それぞれ短編が3~4作収録されている。ちなみに、メグレは一切出てこないが、トランスの元同僚であるリュカやジャンヴィエたちは登場する。

 事務所のメンバーは、犯罪から足を洗った元スリで「バルべ犬」のあだ名で呼ばれる何でも屋(尾行、錠前のこじ開け、ちょっと手荒な仕事も)と、秘書のベルト嬢もいる。

 

 いくつか気に入った作品を挙げる。
 「老婦人クラブ」
 年齢が50歳以上の女性しか入会できない<老婦人クラブ>(50で老婦人!?)に、なぜか女装した男が参加していた(ひょんなことから髭が生えているのを見られた)。依頼人の女性宅に会員が順番で招待されるのだが、名前順なので、おそろしく時間がかかる。かなりの苦労と犠牲を払ってまで、男はなぜその家に入ろうとしたのか?
 童顔のエミールは、学生のふりをして男の家に行くが、その姪と称する女性は、かつて海外でエミールの知り合った女性だった――。
 依頼人の方も、すねに傷持つ身だった。

 「モレ村の絞殺者」
 のどかな田舎で怪事件が起こり、依頼も受けていないのに、エミールとトランスは現地に出向く。同じような宿屋が2軒あり、同じ日に、それぞれ9号室に同姓同名の老人が宿泊し、それぞれ殺害されたのだ。瓜二つの老人たちは何者か? 宿屋の宿泊客には英国人記者や、黒服の未亡人がいて、それぞれ不審な行動をとる。
 

 他にも、監禁された人物からの助けを求める手紙から始まる「不法監禁された男」、科捜研での人体測定の場面から始まる「丸裸の男」、偶然耳にしたモールス信号で始まる「シャープペンシルの老人」などなど、シチュエーションが面白い。