横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

読書メモ

ブルターニュ料理は死への誘い』
マルゴ・ル・モアル&ジャン・ル・モアル著 浦崎直樹訳 二見書房

 まず、タイトルに偽りあり。
 物語の舞台こそフランス・ブルターニュ地方だが、アルザス料理のレストランのお話。

 ブルターニュのリゾート地ロクマリア村に、アルザス出身のカトリーヌ(バツイチの50代女性)が心機一転してレストランを開く。地元住民や、ハンサムな英国人男性とも親しくなるが、ある晩、店で料理を食べた元村長が死亡する。毒を盛られたという噂が飛び交い、店もしばらく休業する羽目に。新聞記者ヤンの協力を得て、カトリーヌも事件を調べる。

 ロクマリアは架空の村で、カンペールとコンカルノーの間のどこかという設定。ミステリを書く作者夫妻がそれぞれブルターニュアルザス出身ということから、この物語が生まれた。コージーミステリーは英米の作品が多いが、本作は珍しくフランス発。

 田舎って、やべーな。というのが第一印象。
 フランス語というか、なじみのないブルトン語の名前がたくさん出てくるので、少し覚え辛い。主要な登場人物以外にも、脇役がたくさん出てくるのでさすがに「誰!?」となる。


『金庫破りときどきスパイ』
アシュリー・ウィーヴァー著 辻早苗訳 創元推理文庫

 第二次世界大戦下のロンドン。表稼業は錠前師、裏稼業は金庫破りの一家で育ったエリーは、おじの仕事を手伝っていたところを陸軍のラムゼイ少佐に捕まる。投獄されたくなければ協力しろと言われ、ある屋敷の金庫をこじ開けることに。だが、現場に目的の機密文書はないうえに、男性の死体が見つかる。中国の陶器収集家グループに殺人犯またはドイツのスパイがいるもよう。上流階級のラムゼイ少佐はパーティーの招待状を入手し、エリーと恋人のふりをして潜入するが――。

 ちょっと前に、和訳されているコージーミステリーについて調べた時、英国貴族の世界を描いた作品は、圧倒的に米国人作家が書いていると発見した。今回も、貴族であるイケメンの堅物少佐と、中産階級(ただし下の方)の金庫破りの美女という組み合わせ、英国人作家なら「無ー理ー!!」とするところ(たぶん)、やはり米国人作家だった。

 早い段階でロマンスの香りが漂い、途中、戦地で負傷して帰国したこれまたイケメンの幼なじみフィリップまで登場し、三角関係に。かつて、エリーの母親は殺人容疑をかけられ、無実を訴えたまま亡くなったが、続編では母親の潔白を証明するために奔走するのだろう。

 米国では二作目「The Key to Detect」、三作目「Playing It Safe」が出ていて、ラムゼイ少佐とエリーのコンビは次の事件に駆り出される。

 普通のガチなミステリ&スパイものかと思って読み始めたが、ロマンスの比率が高く、途中で「あれ、もしかしてコージーミステリーだった?」と気づいた。いやー、やられた。


モサド・ファイル2 イスラエル最強の女スパイたち』
マイケル・バー=ゾウハー&ニシム・ミシャル著 上野元美訳 早川書房

 以前読んだ洋書にモサドの女性エージェントが登場した。CIAやMI6やKGBと比べて、モサドについてはよく知らない。それも女性エージェントともなると尚更。前巻は読んでいないが、本書を手に取った。

 モサド創設前から、女性エージェントを活用していたという。登場するのは皆聡明で、数か国語を操り、イスラエル国家というよりシオニズムに身を捧げたいという勇敢な女性達。初期の頃は十分な訓練もしないまま、危険な任務に送り出していた。
 女スパイすなわちマタ・ハリこちら)のような美女という偏見があり、迷惑を被ったことも。実際は、どこにでもいるような外見の方が周囲に溶け込みやすいのだが、本書に登場する美女たちは、人目を引く美貌をうまく利用した。上流社会に入り込み、ターゲットに接近するのだ。

 積極的に女性が活用されたのには理由がある。夜、人気のない場所に男が一人でいると怪しまれるが、カップルや女性ならさほど怪しまれない。また根気強く、男性よりも細かな点に気づくという。とはいえ、海外の見知らぬ土地で友人を作っても、正体を明かせず、あまり深入りできない。別の土地に移動すれば、人間関係はすべてリセット。自分の家族にすら、どこで何をしているのか話すことはできない。ものすごく孤独なのだ。

 モサドでは早い段階から女性を起用し、優秀な者はどんどん昇進させてきた。だが、若い女性は結婚や子育てという「普通の幸せ」を求めて辞めてしまうことも。現在ではサポート体制が整っているという。

 原書が出たのは2021年。モサドは「世界一優秀な諜報機関」と言われていたが、2023年の奇襲は防げなかった。著者たちがあくまでイスラエル側の目線で過去の成功した作戦について語るのが、2024年の今見るとなんとも……。

 

 著者らによると、モサドは女性エージェントにハニートラップを命じたことはないという。とはいえ、任務で接近した男に惚れられ、恋人のふりをして、トラウマになった女性エージェントもいるとか。漫画「SPYxFAMILY」でも似たようなケースが。WISEの女性エージェント<夜帷>は潜入先の職場で部長に惚れられ、毎回冷たくあしらっている。スパイではないが、アーニャは父ロイドに命じられ、同じクラスのダミアンと(友達として)仲良くしようとするが、逆に惚れられてしまう。彼の好意を感知すると寒気がしている。