横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

読書メモ

『ロンドン謎解き結婚相談所』
アリスン・モントクレア著 山田久美子訳 創元推理文庫

 終戦直後の1946年、ロンドンの結婚相談所が舞台。なのだが、アイリス・スパークスは戦時中にスパイとして活動していた人物で、グウェン・ベインブリッジは貴族の未亡人と、キャラが立っている。

 

 いわゆるコージーミステリによくある、素人女性が無理やり犯罪捜査に首を突っ込んで――というパターンは食傷気味だし、一部作品にはリアリティがなくて「んなことあるかーっ!」となるのだが、本書は違う。
 アイリスは戦時中に諜報活動を行っていたので、軍事訓練を受けているし、悪党相手でも自分で「戦える」のだ。グウェンの方は、社交界にいたおかげで鋭い人間観察力が培われ、共同経営者のアイリスが言わない(言えない)ことも、推理してズバリと当ててみせる。
 「この二人なら大丈夫だわ」と納得した。この結婚紹介所には、用心棒のサリーという男性もいる。せっかくなので、次回以降、グウェンが上流階級の人脈を捜査に活かすという展開を見てみたい。

 ドラマ「刑事フォイル」で第二次世界大戦中の英国の様子を、「名探偵ポワロ」で戦後の様子を見ていたので、物資不足だとか、空襲で破壊された跡だとか、容易に情景を想像できた。

 捜査で再会した警官がアイリスの元カレだったり、割り切って既婚者と付き合っていたり。グウェンの方は、夫の戦死から完全に立ち直れないまま息子を育てている。「平気よ」と言いつつ、ちっとも平気じゃない。シリーズの最後には、二人に幸せが訪れることを願ってしまう。

 あっ。2巻出てたわ。

 


チャーチル閣下の秘書』
スーザン・イーリア・マクニール著 圷香織訳 創元推理文庫

 開戦間近のロンドン。アメリカ育ちの英国人マギー・ホープは、ひょんなことからチャーチル首相のタイピストとして働くことになる。アメリカの女子大で数学を専攻した才媛で、本来ならマサチューセッツ工科大学の大学院に進学しているはずだった。祖母の遺した家を売却して、学費にあてる予定だったが、同世代の女性たちとシェアハウスをすることを選んだ。

 初めは「数学者の私がただのタイピストなんて……」と不満たらたらだったが、チャーチルのそばで働き、大きな決断が下されるのを間近で見るうちに、やりがいを見出していく。
 ナンバーテン(首相官邸のあるダウニング街10番地のこと)での仕事仲間でもある秘書官のデヴィッドはゲイでマギーの親友、同じく秘書官のジョンはマギーと距離を縮めていく。

 どこかで数学者マギーは「エニグマ」解読に加わるのでは……と期待していたが、そちらではなく、新聞のファッション広告に隠されたモールス符号の解読に関わる。というより気づいてしまう。その辺りからがぜん話が面白くなってくる。
 マギーは大学教授の叔母に育てられ、数学だけでなく外国語など、最高の教育を受けていた。シリーズの2作目では、MI-5に推薦されたマギーのその後の冒険が描かれている。読んでみるか。このシリーズは現在8巻まで出ている。

 


『猫は知っていた』
仁木悦子著 ポプラ社文庫

 「お前、まだ読んでなかったんかい!」とツッコまれそうな古典ミステリ。仁木雄太郎と仁木悦子の兄妹が探偵役。作者と主人公の名前が同名で、エラリー・クイーンのよう。どちらかというと理系男子の兄がホームズぽく、推理小説マニアで語り手の妹がワトソンぽい感じか。

 まだ戦争の名残がある頃の東京。戦後の住宅不足もあり、大学生の仁木兄妹は箱崎医院に下宿する。庭には、戦時中に作られた防空壕も残っている。兄妹の両親は疎開先の信州が気に入り、そのまま住んでいるという設定。
 医院では入院患者が行方不明になり、また、箱崎家の親族であるおばあさんもいなくなる。その後、怪しい事件が続き、仁木兄妹は素人ながら謎解きをする。「これは女性の方が好都合だろう」という場合には妹を聞き込みに行かせる。容疑者は二転三転し、意外な結末が待っていた。

 江戸川乱歩賞受賞作で、何度かテレビドラマになっているそう。どんな感じなんだろう。

 面白かったので、続けて『林の中の家』や短編集『私の大好きな探偵』も読んだ。昭和キッズの私でも知らない言葉が出てきて「トッパーコート」を検索してしまった。若い人は「慎太郎カット」の「慎太郎って、誰?」状態だろうな。いずれも巻末に言葉の解説が載っていた。