7世紀のアイルランド南部。緑豊かなアレグリンの谷で、氏族(クラン)の族長エベルが殺害される。現場で発見され、容疑者として捕まった青年には障害があり、殺人など不可能。同じ敷地内の別棟に住むエベルの姉もまた、殺害されていた。裁判官(ブレホン)として調査に赴いたフィデルマの前で、次の殺人事件が発生する。
ケルト研究家でもあるピーター・トレメインによる、7世紀のアイルランドを舞台としたケルト・ミステリ。日本では英国と違い『蜘蛛の巣』から刊行された。
主人公フィデルマはモアン国王の妹で、修道女でありながら法廷弁護士(ドーリイー)、裁判官の資格も持つ。美貌の若き女性だが、カミソリのように鋭い知性の持ち主。
ワトソン役にあたる、イングランド出身のエイダルフ修道士は剃髪している(ザビエルみたいなトンスラだろうか)。
ローマ帝国の影響で、キリスト教がイングランドやアイルランドに入り込んでいる時期。主人公が調査に赴いたアレグリンにも、ゴルマーンという神父がおり、立派な教会を建てている。調査のため、フィデルマはゴルマーン神父に会いに行くが、宗教議論(というか、バトル)が今にも始まりそう。
数世紀後にはアイルランドもローマキリスト教(ローマ教)の国になってしまうのだが、その始まりの段階だろうか。
ケルト社会では男女平等で、女性であっても裁判官や氏族の族長になれたり、高い地位につくことができた。ローマ帝国というか、キリスト教社会より、どれだけ進んでいたことか! これほど進んだ文明なのに、ローマ帝国とローマ教に駆逐されたのは、あまりに惜しい。
また、ローマ教と違いケルト教のもとでは、修道士や修道女は結婚し、子供を持つことも可能だった。アレグリンで出会った人たちからフィデルマが「あなたのエイダルフ」と言われ「ただの友人です」と否定するが、まぎれもなく彼女はエイダルフを愛している。まだ本作の時点では、キリスト教の修道士であるエイダルフはフィデルマをどう思っているのか分からないが、今後が気になる。
ケルト関連で専門用語が多くて悲鳴を上げそうになるが、第一級のミステリ。容疑者が二転三転し、新たな事実が見つかり、振り落とされないように読者も必死でついて行く。専門用語を忘れぬうちに、次を読もう。
Wikipediaによると、なぜか発売順序が英国と違い、日本で最初に出た『蜘蛛の巣』から読んでしまった。次はどれを読んだらいいのかな。
ずっと「読もう」と思いながら幾星霜。先日読んだ『ケルトの解剖図鑑』(こちら)に「ケルト・ミステリ」として修道女フィデルマが紹介されていた。あたかもミステリの神様から「早う、読め!」と蹴飛ばされたかのよう。