横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

月の別れ 回想の山田登世子

『月の別れ 回想の山田登世子
山田鋭夫編 藤原書店 

月の別れ 〔回想の山田登世子〕

月の別れ 〔回想の山田登世子〕

 

 
 以前、追悼 山田登世子さんという記事を書いた。仏文学者の山田登世子さんは2016年に亡くなり、翌2017年に本書『月の別れ 回想の山田登世子』が刊行された。

 

 題名の由来となったエッセイ「月の別れ」、亡くなる間際に書かれた新聞のコラム(絶筆)に続き、さまざまな分野で活躍する人たち(編集者、文学者、音楽家、教え子など)が追悼文を寄せている。

 同業者である19世紀が専門の仏文学者の方々だが、鹿島茂さん、小倉孝誠さん、工藤庸子さんなど、私も著訳書を読んだことのある人たちばかり。

 鹿島茂さんはバルザック全集を共訳されていて、対談『バルザックがおもしろい』(藤原書店)を楽しく読んだ覚えがある。私自身、鹿島さんの蔵書を基にした展覧会もいくつか見に行った(19世紀パリ時間旅行展フランス絵本の世界@館林)。一緒にバルザックの翻訳をするぐらいだから最初から仲良しだったのかと思いきや、アラン・コルバン『においの歴史』の共訳ではバトルになったとか! でも、その経験があったからこそ、バルザック全集の仕事につながった。

 小倉孝誠さんは『パリの秘密』の社会史など、19世紀の文壇やフランスのミステリ史に関する著書があり、山田登世子さんの著書『メディア都市パリ』の世界と非常に近い。工藤庸子さんは、コレット作品の翻訳を読んだことがある。

 

 読んで驚いたのが、工藤さんの追悼文。福岡出身の山田さんはお父さんが弁護士で、時には筑豊のヤクザの弁護をしたとか。そのため、子供の頃はヤクザ衆に「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん」と大事にされたという――。(大人になってからもそのまま地元に留まっていたら「姐さん」と呼ばれたんじゃなかろうか?)

 山田登世子さんといえば、モードやシャネルを論じ、ブランド服に身を包むおしゃれで華やかな女性。そんなイメージを抱いていたが、著書に見られるチャキチャキした歯切れの良い文章や、「毒舌」と評される怖いもの知らずの鋭い言葉と考え合わせると、「姐さん」でもおかしくはない(そりゃ、本物の九州ヤクザを身近で知ってるなら、東京や文壇の男どもなんか、少しも怖くないわな)。なんだか合点がいった。


 夫君(経済学者の山田鋭夫さん)によると、山田登世子さんは若い頃から体が弱かったという。これまたイメージと正反対だ。なにしろ大学で教鞭をとり、たくさん本を書き(または翻訳し)、フランスも何度か訪れている。「なんてエネルギッシュな方だろう」と勝手に思っていたのだが、病を抱えていたその体のどこに、これだけの仕事をするエネルギーがあったのだろう。

 享年70歳。確か、作家の須賀敦子さんは69歳で亡くなっている。あと10年くらいかかりそうな著作のプランがあり、関係者が「須賀さんは80歳まで生きる予定だったのではないか?」と雑誌で言っていた。

 山田登世子さんも執筆する予定のテーマがあり、そのために資料も集めていたという。やはり「80歳まで生きる予定があったのではないか?」と、言いたくなってしまう。


 これから読みたい山田さんの著書の中に、『「フランスかぶれ」の誕生』がある。大学で仏文学を専攻し、今もフランス映画を見る自分は、立派にフランスかぶれの一人だ。ありがたく、これから読ませていただきます。

 

【追記】

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