横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

エリザベート1878

エリザベート1878」Corsage
監督:マリー・クロイツァー
主演:ヴィッキー・クリープス


 1878年オーストリア=ハンガリー帝国の皇妃エリザベートは40歳の誕生日を迎える。それまでヨーロッパ一の美女と称えられ、外交や宮廷で存在感を発揮してきたが、その頼みの美貌に衰えがみられるようになった。夫の皇帝フランツ=ヨーゼフとは不仲、成長した子供たちはエリザベートの型破りな言動をたしなめる。一挙手一投足が新聞に書かれ、噂になる。窮屈な生き方に、彼女はいつしか死への憧れを抱くようになる――。 

 

 脚本・監督のマリー・クロイツァー流の「アナザー・エリザベート」。「ファントム・スレッド」、「ベルイマン島にて」のヴィッキー・クリープスがエリザベートを演じる。映画ではドイツ語、ハンガリー語、英語、フランス語が飛び交う。原題「Corsage」はコルセットのこと。エリザベートのスリムな体型をアピールする手段であると同時に、彼女を窮屈に縛るものの象徴でもある。

 この時代、王侯貴族は親の決めた縁談で結婚した。結婚生活が破綻しても離婚しない場合、男も女もよそに愛人を作るのが定番。彼女も外国で愛人を作ろうとするが、英国で知り合った乗馬指導役は婚約(破棄の噂もある)し、気の合ういとこのバイエルン国王ルートヴィヒ2世は女性を愛さない。恋愛に溺れる、という逃避・救済は得られない。

 夫とは冷めていて、かわいがっていた子供たちも分別がついてきて、母親の味方はしてくれない。家庭にも居場所がないのだ。
 
 ミュージカルの「エリザベート」は、トート(死神)によって救われる。本作では、侍女らを巻き込んである”逃避行”に走るが、結局は死を目指す。
 ルートヴィヒ2世は彼女の希死願望を見抜いていたのだろうか。「ここは僕の湖だ。ここで死ぬな」と言うのだ。後年、彼は溺死する。自身の死に場所を決めていたのか。

 英国で、フランス人の映像撮影者ル・プランスと出会い、動く姿を撮影してもらう。音声は録音できないと知ると、何やら大声で叫ぶ(おそらく、悪態をついている)。馬に乗り、あるいは踊り、実に楽しそうだ。
 本当にこんな映像残ってるのかなと、一瞬真に受けた。フランスでリュミエール兄弟がシネマトグラフを開発するのは1894年。その先行研究ですらまだ早い。さすがにここはクロイツァー監督の夢の表れだ。

 皇妃エリザベートは何度か映画化されているが、クロイツァー監督は、およそ他の映画監督が描かない姿を描いている。一部史実に基づく部分もあるが、煙草を吸い、刺青を入れ、ヘロインを注射し、髪をバッサリ切る。どなたかが「ロックなエリザベート」と評していたっけ。


 いくつか疑問が。
 エリザベートに、英国貴族に嫁いだ妹なんかいたっけ?
 腹心のマリー・フェステティクス女伯爵が、滞在先のバイエルンの貴族に求婚される。自身(エリザベート)は自由を求めるくせに、女官の自由(結婚)は許さないのか。


 水曜日のサービスデーは女性客がいっぱい。皆、ミュージカルを見た人たちなのかな。宝塚とか東宝とか、ウィーンとか。