フランスで出版直後のレビュー点数が低く、読むのを躊躇していたけれど、シャーロック・ホームズと皇妃エリザベートが出てくるし、読んでみた。「マイヤーリング」や「うたかたの恋」などの映画にもなった<マイヤーリンク事件>とは、ウィーン郊外マイヤーリンクの狩猟館で皇太子ルドルフと男爵令嬢マリー・ヴェッツェラが心中した事件のこと。"complot"は「陰謀」の意味。
1889年、ホームズのもとを、オーストリア=ハンガリー帝国の皇妃エリザベートの使者が訪れる。皇太子ルドルフが謎の死を遂げ、英国の新聞でも報じられたが、自殺説や毒殺説、心臓発作で倒れた説など、バラバラの見解。だが、母親である皇妃は最も有力な自殺説を信じられず、ホームズに捜査を依頼する。ホームズとワトソンは特別列車でウィーンに向かい、マイヤーリンクに到着する。二人が関係者に聞き込みを行ううちに、なぜか捜査の中止を言い渡される。
ここで急に100年後の現代に話が飛び、オリジナルキャラクターが登場する。リリーはハプスブルク家の末裔、タニアはオペラ歌手(聖典の登場人物の子孫らしい)という設定。この素人二人が調査しているのだが、なんと全体の1/3の長さに及ぶ! しかも昔と現代が交互にではなく、ぶっ通しで。そして現代の部分は、すべて手紙のみで構成されているのだ。
最後にまた19世紀に戻り、ほぼ謎を解明していたホームズはワトソンに結論を語る。依頼人にそれを伝えることは叶わなかったが、ワトソンは事件の”真相”を記録しておいた――。
高貴な身分の依頼人は聖典を思わせるし、ウィーンでは王宮や宮殿を訪れ、皇帝フランツ=ヨーゼフ1世と皇妃エリザベートに謁見する。<カフェ・ザッハー>にも立ち寄る。作中に登場する薬局は、もしやエンゲル薬局かな。昔ウィーンを訪れ、ミュージカル「エリザベート」を鑑賞した私には、懐かしく感じられる。
ただし、正直、現代のパートは不要ではなかろうか? 19世紀のホームズとワトソンの活躍だけで十分だ。ちょっと前のホームズ・パスティーシュには、ワトソンの手記を後世の人間が発見するというパターンがあり、それを踏襲しているとしても――。
フランスでは、ホームズ・パスティーシュはフランス語だけでなく、英語からの翻訳もかなり出版されている。その中で新奇性を出そうとしたのだろうか? ニコラス・メイヤーが『シャーロック・ホームズの素敵な挑戦』を発表したのは1974年。ホームズと同時代の有名人を出す流れはここから始まった。でも「古い!」と言われようが、ベタな手法を使っても全然かまわなかったのに。
あと、「〇〇の子孫」は便利だが、あまり多用するもんじゃない。ホームズ、ワトソンとオーストリアの人たちは何語で話したのかが書いていない。ドイツ語か、英語か、誰かが通訳してくれたのか。
フランスのレビューを抜粋(Amazon.frとBabelioより)。
・いい材料が揃っているのに、シェフがおいしい料理にする方法を知らなかった。
・90年代に、二人の人物が捜査を進めるのだ……手紙のやり取りで!
90年代なのに、なぜ主人公たちは電話を使わずに、重要または緊急と思われる情報や捜査結果をやり取りするのか?
うん、なかなか手厳しい (;´∀`)
地元であるドイツ語圏では、同じテーマの本は出ていないのだろうか? と思ったら、こんな本があった。”Geheimnis”は「秘密」という意味。
『Sherlock Holmes und das Geheimnis von Mayerling』
日本では、こういうパスティーシュがある。
「第三の血痕」
【1】オーストリア帝国皇帝フランツ・ヨーゼフ
【2】マイアーリンクの悲劇
【3】現場検証
【4】ミハイルとの情報交換
【5】ホームズの結論