横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

ドラマ パリ殺人案内

 

 Gyao!でドラマシリーズ「パリ殺人案内」(Mystère à Paris)を視聴。19世紀末のパリを舞台にしたミステリ。フランスでは2011~2018年に放送された。最近は英語漬けで、フランス語に飢えていた。見てみるとなかなか面白かった。

www.mystery.co.jp

 

 7本のドラマには関連性がなく、独立したストーリー。「ムーラン・ルージュ」ではエミリー・ドゥケンヌ(「ジェヴォーダンの獣」)が主演し、「ルーヴル美術館」ではアリス・タグリオーニ(「ブルゴーニュで会いましょう」(こちら))が主演している。

 簡単なあらすじをメモしておく。

ムーラン・ルージュ」(Mystère au Moulin-Rouge)
 ディアンヌは失踪した妹マリーの行方を追って、彼女が働いていたパリの<ムーラン・ルージュ>へ。踊り子のオーディションに落ちるが、衣装係として雇われる。踊り子だったマリーはあるパーティーに呼ばれ、それを機に失踪したらしい。パリでは踊り子の連続殺人事件が起きていた。ディアンヌは同僚の協力で調査を進めるが、危険が迫る。

 

エッフェル塔」(Mystère à la Tour Eiffel)
 画家のルイーズは父親と一緒に完成直後のエッフェル塔を訪れる。父親の会社はエッフェル塔の建設に関わっていたが、関係者の連続殺人事件が起こる。ルイーズは父親を殺害した容疑をまぬがれるが、精神病院へ入れられてしまう。催眠療法を行ったところ、子供の頃に目撃した事件が鍵を握っているらしい。精神病院を脱走したルイーズは、手品師の助手アンリエットと馬車で逃げるが――。

 

オペラ座」(Mystère à l'Opéra
 オペラ座では歌姫エヴァが「カルメン」を練習していた。その娘でやはり歌手のフォスティーヌはミカエラ役をもらう。ある日、会計係の女性が殺され、フォスティーヌの恋人で大道具係のポールが逮捕されてしまう。ポールの無実を信じて奔走するフォスティーヌだったが、ポールは裁判で死刑を言い渡されてしまう。エヴァは娘にポールを忘れ、名士と結婚するよう勧める。しかし、亡くなった会計係が妊娠していたことが判明し、金銭目当てではなく、別の殺害動機が浮かび上がる。

 

ルーヴル美術館」(Mystère au Louvre)
 美術品ばかりを狙う怪盗<メルキュール>。テナール警部含め、警察は男性だと思っていたが、その正体は貴族出身の女性コンスタンスだった。ルーヴル美術館に展示される宝石を狙うが、厳しいセキュリティをかいくぐるため、綱渡りのフレデリックを仲間にする。かつてコンスタンスは父親の勧める縁談を断ったため、遺産相続から外され、恋人ピエールと出奔後、泥棒稼業を始めた。二年前、ピエールと二人でルーヴル美術館の宝石を狙い、彼はテナール警部に射殺された。今回コンスタンスが同じ宝石を狙うのは、復讐のためだった。

 

ヴァンドーム広場」(Mystère place Vendôme)
 ホテル・リッツの厨房で働く料理人ジャンヌ。リッツでは近々、外交上重要な晩餐会が予定されていた。ある日、息子のポールが誘拐されてしまう。犯人からは「晩餐会の料理担当者になれ」さらに「オーストリア=ハンガリー帝国の密使の料理に毒を盛れ」という指示が届く。貴族出身のド・ラモット警視が誘拐事件の捜査と晩餐会の警備を担当するが、ポールを案じるジャンヌは秘密を打ち明けられない。

 

エリゼ宮」(Mystère à l'Élysée)
 マドレーヌは普仏戦争で夫を亡くし、女手一つで息子ヴィクトールを育て上げた。ある日、ヴィクトールが職場であるエリゼ宮(大統領官邸)を母親に見学させるが、その最中、殺人事件を目撃してしまう。フランスは普仏戦争の敗北で、アルザス・ロレーヌ地方をドイツ領にされたばかりだった。大統領に仕える者たちの間に、フォール大統領を暗殺し、ドイツとの再度の戦争と領土奪回を画策する者たちがいるようだった。殺人事件を目撃したマドレーヌに、危険が迫る。

 

ソルボンヌ大学」(Mystère à la Sorbonne)
 パリ大学(ソルボンヌ)に法学部初の女学生ヴィクトワールが入学し、騒ぎになる。彼女には、冤罪で投獄された父親を救うという目標があった。図書室のサルド教授に会いに行くと、殺害された直後だった。第一発見者のヴィクトワールは容疑者として、警察に連行されてしまう。ガルボ教授は男子学生のフランソワとアルチュールを助手に、独自に捜査を始める。


 ヒロインたちに共通しているのは、この時代としては珍しく、仕事を持っているということ。踊り子、画家、オペラ歌手、料理人など、自立しているのだ。事件の捜査がおかど違いの方向に進むのを見て、自力で捜査を始める。恋愛感情や職業上の理由から進んで協力する男性もいるが、そういうケースとは反対に、ヒロインの方が男性を「利用する」作品もあるのだ。
 当時は女性の地位が低く、「ルーヴル美術館」では女性を嘲笑った挙句、主人公を裏切った手下の男は痛い目に遭う。反対に、主人公が”女の武器”を駆使して男を油断させ、欲しいもの(見取り図とか)を手に入れる。「ヴァンドーム広場」の女性料理人は、同僚から「女は家にいろ」と嫌味を言われ、ソースのレシピも盗まれるが、仕事で仕返しをする。「ソルボンヌ」の主人公は、教室に入るだけでブーイングを浴びる。

 こういう出来事が契機となり、やがてフランスでも女性たちが権利を勝ち取るための運動を始めるのだ。

 殺人事件の解決以外にも、横糸となっているテーマがある。たとえば「エッフェル塔」では当時禁じられていた同性愛が、「オペラ座」では娘が母親から物理的にも精神的にも自立する物語、「ヴァンドーム広場」「エリゼ宮」では親子の愛情が描かれ、ストーリーに奥行を与える。

 貴族の扱いも興味深い。華やかな世界、上流社会が描かれ、貴族も登場するが、「ルーヴル美術館」ではテナール警部が「(フランス革命で)ギロチンを逃れた連中など怖くない」と言う。「ヴァンドーム広場」では主人公がある貴族を指して「あの人、貴族の割にいい人だったわ」と、貴族出身の警視(ちなみにイケメン)にこぼす。やはりフランス革命を経た国は、英国あたりと貴族への意識が違う。


 合間に、歴史上の有名人が登場する。「ルーヴル美術館」には作家ユイスマンスと詩人ヴェルレーヌが、「ヴァンドーム広場」には料理長エスコフィエ、ホテル・リッツの客として作家プルースト。デザートを賞味した客として歌手メルバ(たぶん、ピーチ・メルバ)、女優サラ・ベルナール(恐らく、フレーズ・サラ・ベルナール)の名前が呼ばれる。

 「エリゼ宮」にはフェリックス・フォール大統領が登場し、愛人との密会も台詞に出てくる。有名なマルグリット・スタンネル夫人は姿こそ見せないが(カーテンに隠れて)、ある意味有名人。というのも、フォール大統領は彼女との密会中に命を落とすのだ。この女性は犯罪史にも名を残している。マルグリット・スタンネルの母親と夫が自宅で不審死を遂げ、<スタンネル事件>と呼ばれたのだ。彼女は無罪となるが真犯人は謎のままで、恐らく政治的な思惑があったのだろうと言われている。


 19世紀末はシャーロック・ホームズの時代だ。「エッフェル塔」には、最先端の科学捜査にかぶれた捜査官が登場し、指紋を調べている。ずいぶん早くない? 
 かと思えば、まだ科学捜査が徹底される以前なのもあって、ヒロインたちが犯罪現場の保存に全く協力しない! つまり、被害者に駆け寄り、手や服に血が付いてしまい、時には指紋を残し、挙句の果てに容疑者となるのだ。いずれも勇気ある、聡明な女性たちばかりなので残念だ(そうしないと、話が進まないにしても……)。

 あと、いくつか「この人はどうやって情報を知り、こういう行動に出たのか?」と不思議に思う場面もある。もう少し、そういう細部を詰めていたら完璧な脚本だったのに。
 
 小さな不満はあるが、<ドレフュス事件>だとか(台詞のみ)、アナーキストによる爆弾テロだとか、19世紀末のフランスを騒がせた事件の話が出てきて、この時代を好きな人間には堪らない。