横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

コード・ガールズ 日独の暗号を解き明かした女性たち

『コード・ガールズ 日独の暗号を解き明かした女性たち』
The Untold Story of the American Women Code Breakers of World War II
ライザ・マンディ著 小野木明恵訳 みすず書房

 第二次世界大戦中、アメリカの陸海軍で、日本やドイツなどの敵国および中立国の暗号解読に従事した若い女性たちがいた。彼女たちの働きが、連合国軍の勝利につながった。

 

 米軍の暗号解読部門は、ヨーロッパと比べて遅れてはいたものの、急ごしらえというわけではなかった。第一次世界大戦の頃、エリザベス・スミス・フリードマンとアグネス・マイヤー・ドリスコールという女性たちが既に協力を始めていたのだ。その時の実績があったからこそ、数年後に第二次世界大戦が勃発すると、優秀な若い女性たちのリクルートにつながったという。

 内訳は、大学を卒業して教師として働いていた者、大学を卒業したばかりの者など。中には数学や科学専攻の「リケジョ」もいたが、彼女たちの専門分野は語学や歴史など、多岐にわたっていた。
 最初は元教師が多かった理由として、当時、大卒女性の就職先は少なく、給与の安い教師ぐらいしかなかった。また「成熟し、頼りになり」「明晰で怜悧な頭脳」を持ち、「機敏で順応性が高く」などなど、暗号解読者としての適性があったからだという。当時は、既婚者や子供を持つ女性はどこの職場でも退職に追いやられ、大学を出て日の浅い独身女性が好ましかったというのもある。


 まだコンピューターがなかった時代である。基本的に紙と鉛筆の作業。工程によっては、タイプライター、作表機械、穿孔機(キーパンチ)などが使用される。ドイツの「エニグマ」解読用に大型ボンブが登場するのは、後半になってからのことである。採用、配属された女性たちは、ものすごく地道で複雑な作業にコツコツと取り組んだ。
 プレッシャーも大きかった。解読が進まなければ連合国軍に、また彼女たちの身近な人たち(恋人や兄弟、父親が出征していた)にも大きな犠牲が出るのだから。

 戦争が長引くにつれ、取り扱う通信文と解読すべき暗号文書の量が増える。採用される女性たちの人数が増え、施設もどんどん大規模になる。海軍では、女性たちにも行進などの訓練を受けさせた。中には組織で出世していく女性も出てきて、戦後もNSA国家安全保障局)のような関連組織で働き続ける。
 理解ある男性上司に恵まれることもあれば、そうでないこともある。結婚は許可されていたが、妊娠すると解雇された。現代の働く女性の通過する悲喜こもごもを、全部先取りしているのだ。

 時には大きな成果を出し、緊張感に満ちながらも充実した日々を同僚たちと過ごす。そんな女性たちの多くは終戦後、結婚して子供を持つと社会と断絶し、閉塞感にとらわれる。国家に大きな貢献をしながらも、どんな仕事に従事したのか、家族や友人にも言えなかった。仕事のある充実した日々が忘れられず、再就職する者もいた。


 日本語班の男性メンバーには、戦前日本に滞在していた宣教師の子弟や、日本語研究者、日系二世もいた。ドイツ語解読班の方は、ドイツ系移民の多かったシカゴを中心に親ナチス団体が暗躍し、特に「エニグマ」解読チームは誘拐を警戒して、単独で外出しないように言い渡されていたという。

 当初、陸軍と海軍の間にライバル意識があり、協力しなかったという。さっさと協力すれば、無駄な作業も減って早く解読できただろうに。また、軍の外部ではマスコミがプロパガンダを行い、実際の戦況は負けていたのに、関係者が口外できないのをいいことに、かなりポジティブに報道していた。ああ、海の向こうの島国と同じことをやっていたのか……。

 

 英語の暗号の説明が一部紹介されていた。英語でもっとも使用頻度が高いのは「E」というのを見て、「シャーロック・ホームズの『踊る人形』じゃん!」。ある対立関係をめぐり、著者は「ホームズとモリアーティのように」と形容しており、もしやこの著者、シャーロキアンなのかな……!? 
 また、日本語のコードブックがコロコロ変わり、暗号解読者が苦悩する場面に、ふとホームズの「人間が考えたものなら、人間に解けないはずはない」という言葉を思い出した。


 原書は2017年の出版。国家機密ということで、女性たちの活躍はこれまで公開されなかったのだ。また、女性たちも在職中だけでなく、退職後も数十年にわたり、口外しないよう厳重に命じられていた。著者が取材した中には「本当に喋っても大丈夫なの?」とビクビクしていた女性もいたとか。ようやく彼女たちの活躍と貢献ぶりが日の目を見た。

 少し前に映画「ドリーム 私たちのアポロ計画」(未見)で、アフリカ系女性数学者の活躍が描かれた。こういう「知られざる」女性たちの活躍が、どんどん公表されている。素晴らしい!