横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

ドキュランドへようこそ オリエント急行~夢の豪華列車を走らせた男~

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 デヴィッド・スーシェのドラマ「名探偵ポワロ オリエント急行の殺人」や、ケネス・ブラナーの映画「オリエント急行殺人事件」(こちら)で登場した、夢の豪華列車「オリエント急行」。

 

 19世紀末に、パリからコンスタンチノープルイスタンブール)まで列車を走らせるという壮大なプロジェクトを実現したのは、ベルギーの実業家ジョルジュ・ナゲルマケールスだった。

 銀行家の息子として生まれ、いずれは父親と同じく銀行家になるはずだった彼は、大学で土木工学を専攻。さらに米国を訪れ、プルマン寝台車で旅行した経験から、ヨーロッパ大陸を横断する長距離の、快適な寝台車を走らせようと思いつく。国際寝台会社を設立し、ベルギー国王の支援を取りつけると、出資者をどんどん集める。

 当時は国ごとに線路の規格や幅が異なっていた。途中で通過するドイツには当時いくつも王国があり、それぞれ鉄道会社を抱え、そのぶん交渉相手も多い。各種の契約を交わすうえで、粘り強い、細かな調整が必要だったはず(今、こう書いているだけでくらくらする……!)。この時のナゲルマケールスが作成した契約書は、現在でも国際輸送に関わる鉄道会社の交渉の基礎になっているというから、いかに彼の目配りが完璧だったかが伺える。


 番組は、1883年の開通記念列車の運行から始まる。最終目的地はトルコのコンスタンチノープル。ジャーナリストや出資者、オスマン帝国の大使、鉄道会社の重役の家族など、さまざまな客を乗せてパリ・ストラスブール駅(現在の東駅)から走り出す。

 最高級の食事やワインを用意し、調度品も一流の工芸デザイナーに依頼し、個室の設備も快適なものにし、一流シェフを雇い、サービススタッフも教育し、あたかも走る高級ホテルのよう。サービスは改良を重ね、やがてわざわざ食事を目的にオリエント急行に乗る者もいたという。


 危険もあった。「オリエント急行殺人事件」のような密室殺人ではなく、強盗に襲撃される危険である。乗客は富裕層ばかり。列車を脱線させ、乗客を人質にとり、身代金を要求するという事件が起きたとか(警備員は乗せなかったのだろうか?)。

 また、第一次世界戦でドイツが敗戦すると、ドイツを経由せずにかつてのユーゴスラビアを経由するルートを通るようになった。名探偵ポワロが乗車したのは、こちらのルートである。

 最盛期には、地中海を越えたアルジェやアレクサンドリア、東はシベリアの果てウラジオストクまで走行した。


 さて、開通記念列車はまだコンスタンチノープルまで直通ではなく、乗客は最後の旅程は船に乗って移動した。コンスタンチノープルのシルケジ駅に乗客が到着すると、イスラム教の神秘主義者たちのダンスで出迎えられた。ナゲルマケールスは「観光」もプロデュースしたのだった。

 このエキゾチックなダンス、どこかで見たなーと思ったが、ターセム・シン監督の映画「落下の王国」だった。

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 番組冒頭の異国情緒漂う音楽、ドラマ「名探偵ポワロ」で聞いたのだろうか。東方を舞台にした作品はいくつかあるので、どの回で使われた音楽だったか。

 開通記念列車が1883年ということは、ポワロだけでなく、シャーロック・ホームズも乗車していてもおかしくない。

 映画「シャーロック・ホームズの素敵な挑戦」(英語:The Seven-Per-Cent Solution)のフランス語タイトルは「Sherlock Holmes attaque l'Orient-Express」といい、直訳すると「シャーロック・ホームズオリエント急行を襲撃」となる。コカイン中毒の治療のため、ワトソンがホームズをウィーンのフロイトのところに連れて行くのだが、現地で事件に巻き込まれ、ウィーンからイスタンブールに向かうオリエント急行を追跡し、乗り込むのだ。そこからこの題名になったのだろう。 

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 コナン・ドイル聖典には、ホームズが乗車した記述は出てこないけど、パスティーシュや映画の方で乗車している。ホームズは何度もヨーロッパ大陸での捜査に呼ばれているのだから、依頼人がお金持ちの王侯貴族だったら、ぽーんと気前よく切符を送ってくれそう。

 海外のホームズ・パスティーシュで、『Watson on the Orient Express: A Sherlock Holmes and Lucy James Mystery』という本を見つけた。シリーズもので、これが17作目。タイトルだけ見るとワトソンだけが乗車するように思えるが、たぶんどこかにホームズも出てくるはず。 

 

【追記 2020/12/2】

 上述した映画「落下の王国」が、来週12/8深夜に地上波(日テレ)で放送されるという。「ええええっ!!」と声を出してしまったよ。

 現在、東京都現代美術館で「落下の王国」の衣装をデザインした石岡瑛子さんの展覧会をやっていて、近々見に行く予定だったのだ。会場では、「落下の王国」の衣装も展示されている。

 映画オタクとして言うが、未見の方、この映画はお勧めです! CGを使わないであのカラフルな映像を撮ったのよ! 衣装も素敵だから、ぜひ見て!

 

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