前回(アーカイブ:シャーロック・ホームズのバンドデシネ 第1回 )に続き、他の媒体の記事を紹介。
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シャーロック・ホームズのバンドデシネ
~第2回 動物、ご当地ホームズ、女性と子供~
バンドデシネ(BD)とは、フランス・ベルギーを中心とした地域の漫画のことである。前回に引き続き、ホームズ物語を素材にしたBDを紹介する。今回は動物を主人公にした作品と、筆者が個人的に「ご当地ホームズ」と呼んでいる英国を離れた土地が舞台の作品、女性と子供が主人公の作品である。
以下、作者の名前の表記は原則として、ストーリー担当/作画担当/彩色担当(別にいる場合)の順番となっている。併せて出版社、出版年も記しておく(いずれも未訳)。
【動物】
Sherlock Fox(シャーロック・フォックス)
Morvan / Du Yu作 Glénat刊 2014年
シナリオ担当のJ.D.モルヴァン(Morvan)は、日本を含め、アジア文化に造詣が深く、その知識がストーリーにも反映されている。藤原カムイなど、日本の漫画家とコラボしたこともある。
本作の主人公はキツネの警察官で、あだ名が”Sherlock”。本名は”Ney Quitsou”(ネイ・キッツゥ)といい、つまり日本語の”キツネ”が語源。
作品の舞台は様々な動物が暮らす共同体で、動物同士で襲い、肉を食べることが禁じられているという設定。森の中で動物の骨が発見された際、何者かに食べられた痕跡があり、捜査関係者は衝撃を受ける。
では主人公は何を食べるのかというと、レストランで”Tofu Braisé”を注文する。豆腐を揚げたもの、つまり油揚げである(東京例会の発表では、ここでいちばん会場がどよめいた)。
(主人公のキツネが油揚げを注文する)
ディズニーのアニメ映画「ズートピア」が公開された際、多種多様な動物たちは多民族国家アメリカの象徴と言われたが、本書も同じように、多民族国家に変貌したフランス社会を反映しているようだ。
【ご当地ホームズ①】
Sherlock Holmes et la Conspiration de Barcelone(シャーロック・ホームズとバルセロナの陰謀)
Sergio Colomino / Jordi Palomé作 Marabout刊 2013年
シナリオ担当のコロミニオ(Colomino)氏はスペイン・バルセロナのシャーロキアン。原書はスペイン語だが、ここでは仏語版を紹介する。
1893年のバルセロナ。アナーキスト活動に加わる印刷工ジャウマは、シャーロック・ホームズと出会い、リセウ大劇場を狙った爆弾テロを阻止しようとするが――。一方、カタロニア人技師の開発した最新型潜水艦の行方を各国の諜報員が追っていた。影ではモリアーティ大佐(教授の弟)が暗躍する。
リセウ大劇場で起きた爆弾テロや、潜水艦開発が象徴するようにバルセロナがスペインの産業革命・技術革新の中心地であり、労働者運動が盛んだったという史実と、大空白時代のホームズを絡めた重厚な作品。
【ご当地ホームズ②】
Sherlock Holmes et le mystère du Haut-Koenigsbourg(シャーロック・ホームズとオー・クニクスブール城の秘密)
Seiter / Manunta作 Le Verger刊 2013年
原作はJ.フォルティエ(Fortier)のパスティーシュ。普仏戦争でドイツ帝国領になったフランス・アルザス地方が舞台。
1909年。マイクロフトを介してフランス政府からの依頼を受け、ホームズとワトソンはアルザスに向かう。戦略上の要衝として12世紀に建造されたオー・クニクスブール城は廃墟となっていたが、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世は城の再建工事を命じた。探偵を引退していたホームズは、アマチュア建築研究者という立場で城を訪れる。工事現場では不審な出来事が起きていた。
本作の刊行が2013年、つまりBBC「シャーロック」の放送後である。ベネディクト・カンバーバッチ版ホームズの影響だろうか、ホームズの髪型はウェーブのかかった長髪である。
【女性が主人公】
ASPIC(アスピック)
Gloris / Lamontagne作 Soleil刊 2010年~
主人公フローラ・ヴェルネは、シャーロック・ホームズのいとこ。パリで父の友人である探偵オーギュスト・デュパンの助手をしている。デュパンの元にナンベール警部が難事件を持ち込んでくる。フローラは理工科学校を首席で卒業したが、女性であるため、研究者のキャリアを断念した。不老不死を得たベイルことガブローシュ少年(ユゴー『レミゼラブル』)を相棒に、フローラ自身も事件解決に乗り出し、1巻ではホームズばりの捜査を行う。また、霊媒の才能があることがわかり、オカルト事件も手がけるようになる。
このほかラスティニャックやヴォートラン(バルザック作品に登場)など、19世紀を代表する文学作品の登場人物が、時空を超えて競演する。ホームズは登場しないが、フローラが手紙を出す場面がある。
(いとこのシャーロック・ホームズへ手紙を出す)
ここでは名前のみの紹介に留めるが、ホームズの妹が活躍するパスティーシュ『エノーラ・ホームズの事件簿』(ナンシー・スプリンガー作)も、仏語訳が出た後にBDになっている。
【子供が主人公】
Les Quatre de Baker Street(ベイカー街の4人)
Djian / Etien /Legrand作 Vents d'ouest刊 2009年~
ベイカー街イレギュラーズを主人公にした作品。題名の4人はビリー、チャーリー、トムの3人と猫1匹(名前はワトソン!)を指す。チャーリーは実はシャーロットという名前の少女で、理由あって男装している。4~7巻では、ホームズがいなくなったロンドンでモリアーティの残党と闘い、イレギュラーズから見た大空白時代を描いている。
1巻では、花売りの少女ベティが誘拐され、イレギュラーズが捜索する。ベティは女衒によって娼家に連れて行かれたのだが、子供向けの本にこういう世界が出てくるのに驚いた(もちろん表現は配慮されているが)。ベティもイレギュラーズ同様に身寄りのない孤児だが、現代の子供へ向けた「家出をしたらこんな危険がありますよ」という教訓もあるだろうか。ベティの救出劇を通して、チャーリーが男装しているのは自衛のためだということが明らかになる。子供の視点ではあるが、ヴィクトリア社会の負の部分が垣間見える。
【コラム】
2015年の東京例会で、日本の漫画と比較して、BDの値段は高いのかという質問があった(BDは大判のA4サイズ、全頁カラーが多い)。
子供向けから大人向けまで全部「バンドデシネ」と呼ばれているが、台詞の量、ページ数の多寡で、対象年齢が分かれる。子供向けとして、日本でもおなじみの『タンタン』の場合、フランスのAmazonでは6.95~11.50ユーロ(903~1,495円)(1ユーロ=130円で計算)。日本の『名探偵コナン』(青山剛昌)は新書判サイズで463円。
大人向けとして『Dr.Watson:Le Grand Hiatus』(未訳)という本を例に挙げると14.5ユーロ(1,885円)。日本の『テルマエ・ロマエ』(ヤマザキマリ)はB6判で734円。
参考までに、リュック・ベッソン監督が映画化した『ヴァレリアン』は、フランスでは子供向けとして12ユーロ(1,560円)だが、日本語版は2,484円である。
いくら古本や電子書籍があると言っても、やはり新刊は高い。少し古いが「【日仏討論会】フランス人にも聞いてみた!BDってぶっちゃけどう思う?」という座談会でも、BDは漫画より高いという意見が……。
ちなみに『名探偵コナン』仏語版は6.85ユーロと、本場のBDとあまり変わらない。日本の漫画はフランスでMANGAとして定着しているが、子供にも買いやすい価格というのも関係あるかもしれない。
本稿は、2015年7月東京例会(当時)の発表「フランスのホームズ漫画」に加筆したものです。(著作権確認済)
【参考資料】
・【日仏討論会】フランス人にも聞いてみた!BDってぶっちゃけどう思う?(http://books.shopro.co.jp/bdfile/2012/07/bd-7.html)
・Philippe Tomblaine “Sherlock Holmes dans la Bande Dessinée: Enquête dans le 9e Art”l’Apart, 2011
<シャーロック・ホームズのバンドデシネ 第2回>「ホームズの世界 41」(2018年)より
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