横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

アーカイブ:シャーロック・ホームズのバンドデシネ 第3回

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  シャーロック・ホームズバンドデシネ 第3回
  ~SFとコメディ~

 

 バンドデシネ(BD)とは、フランス・ベルギーを中心とした地域の漫画のことである。ホームズ物語を素材にしたBDは色々あるが、その中からSFとコメディ作品を紹介する。
 以下、作者の名前の表記は原則として、ストーリー担当/作画担当/彩色担当(別にいる場合)の順番となっている。併せて出版社、出版年も記しておく(いずれも未訳)。

 

【SF①】
Zachary Holmes(ザカリー・ホームズ)
Trillo / Bobbillo作 Erko刊 2001年~

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 少年探偵ザカリー・ホームズは、パイプを手に持っているが火はついていない(形から入るタイプだろうか)。相棒の白イタチ(?)の名前は「ワトソン」といい、いつも肩に乗せている。
 何者かが街を破壊するという事件が起こり、城に住んでいる大男フランケンシュタインに容疑がかけられる。無実の罪で逮捕された心優しいフランケンシュタインのために、ザカリー・ホームズは捜査を行い、真犯人を見つける。事件が解決するとフランケンシュタインは街を離れるが、次にその城に移り住んだのがドラキュラ伯爵というオチ。
 シャーロック・ホームズの舞台は主に19世紀末のため、ホームズものにドラキュラ伯爵や吸血鬼が登場するのは珍しくないが、本作ではフランケンシュタイン(原作は19世紀初頭)と競演している。

 

【SF②】
Le monde perdu(失われた世界)
Duchâteau / Sanahujas作 Lefrancq刊 1997年

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 厳密にはホームズのBDではないが、コナン・ドイル原作の「失われた世界」のBDを紹介する。裏表紙にはパイプをくわえ、ディアストーカーを手に持ったコナン・ドイルの姿が描かれている。

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 このBDシリーズは<驚異の旅>といい、他にジュール・ヴェルヌ作品のBDを刊行している。そのため表紙見返しは、気球や潜水艦など、ヴェルヌ作品の要素をちりばめたデザインである。

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 冒頭、主人公マローンがグラディスと会う場面では、窓の外には通行人としてホームズとワトスンが登場する。

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 このBDのチャレンジャー教授はいかつい外見だが、他社版のBDでは洗練された(言い換えるとカッコいい)姿なので、作画担当者によって雰囲気が激変する。
 探検の道中や、見開きで描かれた恐竜やギアナ高地の風景は、全頁カラーのBDならではの迫力がある。

 

【SF③】
Sherlock Holmes et les Vampires de Londres(シャーロック・ホームズとロンドンの吸血鬼)
Cordurié / Laci / Gonzalbo作 Soleil刊 2010年~

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 劇画調の第1巻表紙は、ホームズとマイクロフト。ライヘンバッハの滝で、表向きは死んだことにされていたホームズは、<大空白時代>に吸血鬼と闘っていたという設定。
 罠にかけられ、大陸からロンドンに戻ることになったホームズは、吸血鬼のボスであるセリメス公爵と対峙する。長きにわたり、吸血鬼たちは英国社会に入り込み、影で大きな力をふるっていた。だが吸血鬼たちも決して一枚岩ではなく、セリメス公爵に反旗を翻す者がいた。魔の手はヴィクトリア女王にも迫り、人間社会と吸血鬼の間で長らく保たれていた調和が崩されようとしていた。ホームズは全面戦争を食い止められるのか――?

 

【コメディ】
Baker Street(ベイカー・ストリート)
Veys / Barral作 Productions Guy Delcourt刊 1999年~

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 本シリーズのホームズとワトソンは、はっきり言って仲が悪い。プライドの高いホームズはかなりの迷探偵ぶりを発揮し、気分のアップダウンが激しい。ワトソンは俳優ナイジェル・ブルース似の容貌。準レギュラーのレストレード警部は、毎回登場するたびどこかに足をぶつけているドジキャラ。

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 スコットランド出身のハドソン夫人は、いつもウィスキーを手放さない。料理上手とは言い難い(ホームズとワトソンはよく部屋を抜け出して外食する)が、なかなか豪快で、ある冒険では探検服に身を包み、男性陣そこのけの大活躍をする。

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 そんなベイカー街の下宿にもなぜか依頼人はやってきて、ホームズとワトソン、レストレードは珍道中に出る。モリアーティも登場するが、ホームズに負けず劣らずのポンコツぶりで、お宝を盗んでもホームズに謎を解かれて悔しがり、最後はボクシングで対決する――。

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 ブラックユーモアも混じるコミカルな作風から、筆者は個人的にフランス版『コミカル・ミステリー・ツアー』(byいしいひさいち)と呼んでいる。1999年に、ロンドンの日仏交流会(通称Paritsu)で作者のお二人にお会いしたが、「いつか翻訳したいです」と、お世辞ではなく本心で言ったものの、まだその約束を果たせていないのが心苦しい。

 

【コラム】
 日本の漫画はMANGAとしてフランス語圏でも定着している。フランス語に翻訳されたホームズ漫画を紹介しよう。日本の漫画にほれ込んだ出版社(Kurokawaなど)が精力的に翻訳出版を行っている。


・『シャーロック・ホームズ』(石川森彦/石ノ森章太郎 くもん出版

 →“Sherlock Holmes” Isan Manga刊

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・『シャーロック・ホームズの挑戦』(小結はるか 学研)

 →“Les Enquêtes de Sherlock Holmes~Les classiques en manga~” Nobi Nobi刊
 名作小説の漫画化シリーズ。シリーズには『三銃士』、『レミゼラブル』もある。

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・『名探偵コナン』(青山剛昌 小学館

 →“Détective Conan” Kana刊
 コナンの名前からホームズ漫画と認識されている。アニメも大人気。

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・『SHERLOCK』(Jay 角川書店

 →“Sherlock” Kurokawa刊
 BBCドラマ「シャーロック」の漫画化。

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・『憂国のモリアーティ』(竹内良輔/三好輝 集英社

 →“Moriarty” Kana刊
 モリアーティ教授が主役のシリーズ。かなり早い仏訳。

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・『怪盗ルパン伝アバンチュリエ』(森田崇 講談社

 →“Arsène Lupin, l'aventurier” Kurokawa刊

 ホームズではなくルパン・シリーズ(モーリス・ルブラン)の「ハーロック・ショームズ」ではあるが、紹介しておく。逆輸入パターン。

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 最近は、日本人ではない漫画家が最初から外国語で発表している漫画調の作品もMANGAと呼ばれている。


・KWON Kyo-jung / KWON Gyo-jung “The Sherlock Holmes Story” Kwari刊
 韓国人作家コンビによる作品。韓国語版からの仏語訳。

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・Rémi Guérin / Guillaume Lapeyre “City Hall” Ankama éditions刊
 フランス人作家コンビによる作品。ジュール・ヴェルヌコナン・ドイルアメリア・イアハートらが活躍するスチームパンク

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本稿は、2015年7月東京例会(当時)の発表「フランスのホームズ漫画」に加筆したものです。(著作権確認済)

 

【参考資料】
・Philippe Tomblaine “Sherlock Holmes dans la Bande Dessinée: Enquête dans le 9e Art”l’Apart, 2011

シャーロック・ホームズバンドデシネ>「ホームズの世界 42」(2019年)より

 

【追記 3/28】

 本当なら明日、JSHCの全国大会が開催される予定だったんだよね。建築ブログに書いたように、千駄木の建築を見に行ったんだけど(こちら)、今回は西日暮里駅から行ったもんで、途中、王子駅前の桜がよく見えた。もし予定通り開催なら、会場からは満開の桜がよーく見えたはずなんだよなあ。遠方から来る人に見てほしかったなあ。

 

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