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シャーロック・ホームズのバンドデシネ
~第1回 聖典、語られざる事件~
はじめに
日本でホームズ物語が漫画化されているように、海外(欧米)でも漫画の形でホームズ本が出版されている。どんなタイプの漫画があるのか、また日本の漫画とはどう違うのか、フランス語圏のものだが蔵書の一部を紹介する。堅苦しい文化比較はせず、あくまで「こんな本があるんだ~」と気軽に見ていただければ幸いである。
バンドデシネ(BD:ベデと読む)とは、フランス・ベルギーを中心とした地域の漫画のことである。仏語圏で漫画は「9番目の芸術」として認識され、批評や研究の対象となっている。参考までに、1~8番目は文学、音楽、絵画、演劇、建築、彫刻、舞踏、映画である。
日本の漫画との最大の違いは、サイズがA4くらいの大判ハードカバーであること、全ページがカラーで(モノクロの本もある)絵画的なこと、ストーリーと作画が分業制であること(他に彩色担当がいることもある)。漫画家ヤマザキマリによると、「日本の漫画はストーリー重視、バンドデシネは絵の美しさを重視」らしい。
日本の漫画ではめったに起こらないが、シリーズもので途中の巻から作画担当者が変わり、絵と雰囲気も一変し、読者が混乱することもある。もちろん、ストーリー担当者が変わることもあるが、絵が突然変わることと比べると混乱は少ない。
フランスでは日本の漫画も人気で、すっかり定着している。こちらは「MANGA」と呼ばれ、バンドデシネと区別される。余談になるがアニメのことは仏語で「デッサン・アニメ(動く絵)」と呼ぶ。
以下、作者の名前の表記は原則として、ストーリー担当/作画担当/彩色担当(別にいる場合)の順番となっている。併せて出版社、出版年も記しておく。
【聖典①】
緋色の研究(Une étude en rouge)
Longaron/Ricard作 P&T Production刊 1995年
まずはオーソドックスに『緋色の研究』から紹介しよう。手持ちのホームズBDの中で一番絵がキレイ。言い換えると、一番ホームズが端正でカッコいい。惜しいことに、この出版社から続編は出ていない。
ホームズとワトソンがスタンフォードの紹介で出会う
事件現場にて"Rache"を調べるホームズ
イレギュラーズの少年たち
回想シーン。2つの薬を選ばせる
【聖典②】
バスカヴィル家の犬(Le Chien des Baskervilles)
Duchâteau/Stibane作 Lefrancq刊 1992年
続いて、『バスカヴィル家の犬』を紹介する。版元であるベルギーのルフラン社からは1990年代、ホームズ・シリーズが聖典・語られざる事件と合計9冊出ている。後にシリーズはフランスのソレイユ社に引き継がれ、さらに4冊出た。日本では偕成社から<名探偵コレクション>として和訳が出ている(アルセーヌ・ルパンと併せて9冊)。子供向けのはずだが、日本人の基準からすると多少エログロな描写もあるせいか、和訳されていない作品もある。
ストーリー担当の作家アンドレ・ポール・ドュシャトー(André-Paul Duchâteau)は、早川書房からポケミスで『五時から七時までの死』が出ており、そちらの表記はA・P・デュシャトー。“Sherlock Holmes revient”というホームズ・パスティーシュも書いている(未訳)。
左からモーティマー医師、ワトソン、サー・ヘンリー
ベリルが人違いに気づく
荒野でステイプルトンと出会う。目の前で馬が沈む
フランクランド老人の家。望遠鏡を覗くと、カートライト少年が荷物を運んでいる
レストレード警部(イケメン!)も到着して3人で待機。下のコマでは、犬がビカビカに光っている
【語られざる事件】
スマトラの大ネズミ(Le rat Géant du Sumatra)
Duchâteau/Di Sano作 Lefrancq刊 1995年
語られざる事件として、『スマトラの大ネズミ』を紹介する。先ほどの『バスカ』と同じルフラン社から出ている。表紙のネズミがゴジラ並みに大きい! ロンドンのドックでネズミが大量発生して……というのが事件の始まり。ホームズが珍しく拳銃を振り回す。
ホームズとワトソン。『緋色の研究』の端正な姿と大違い
捜査にはウィギンズも加わる
巨大ネズミが現れ、ロンドンはパニックに。もちろん、事件の背後には黒幕がいる
この怪人赤マントがモリアーティ(ベルトにMの文字!)。手前はマスクをはがし、変装を解くホームズ
自分で作った巨大ネズミに襲われ「助けて~」と叫ぶ、弱すぎるモリアーティ
以下は、ルフラン社からホームズ・シリーズを引き継いだソレイユ社の見返し。2000年頃の刊行で、ホームズとワトソンのビジュアルは、明らかにグラナダTV(ジェレミー・ブレットとデヴィッド・バーク)を意識している。
【コラム】
海外の漫画といえば、アメリカン・コミックス(アメコミ)も忘れてはいけない。グラフィック・ノベルという言葉もあるが、そちらはアメコミの単行本または芸術性の高いジャンルの作品を指す。マーベルコミックの『アイアンマン』、『ドクター・ストレンジ』の映画版では、ホームズ俳優でもあるロバート・ダウニーJr.とベネディクト・カンバーバッチがそれぞれ主人公を演じた。
BDと比較するとアメコミは、ストーリー、ペンシラー(下書き)、インカー(ペン入れ)、彩色と、さらに分業が進んでいる。最近では、作画で日本人漫画家も活躍しているという。将来、BDの世界でも日本人が活躍する日がくるかもしれない。
本稿は、2015年7月東京例会(当時)の発表「フランスのホームズ漫画」に加筆したものです。
聖典の邦題は、光文社版を参照しました。
【参考資料】
・日本テレビ「アナザースカイ」ゲスト:ヤマザキマリ(2017年4月14日放送)
・NHKドキュメンタリー「アメコミ・ヒーローの世界~ローラ&渡辺直美 マーベル・キャラクターへの道」(2017年5月5日放送)
・Philippe Tomblaine “Sherlock Holmes dans la Bande Dessinée: Enquête dans le 9e Art”l’Apart, 2011
<シャーロック・ホームズのバンドデシネ 第1回>「ホームズの世界 40」(2017年)より
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