横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

七人樂隊

 

「七人樂隊」Septet: The Story of Hong Kong
監督:サモ・ハン/アン・ホイ/パトリック・タム/ユエン・ウーピン/ジョニー ・トー/リンゴ ・ラム/ツイ・ハーク

septet-movie.musashino-k.jp

 香港映画界を代表する七人の映画監督によるオムニバス作品。七人七様の短編映画が集まった。香港返還前の時代を描いたもの、返還の頃、21世紀初頭、さらには未来と、舞台となった時期もバラバラ。本当は、ジョン・ウー監督も参加するはずだったとか(見たかった~)。また、デジタル全盛時代に、35mmフィルムで撮影されたという。

 

 サモ・ハンサモ・ハン・キンポー)監督の「稽古」は、監督自身の厳しい修業時代を描いたもの。少年たちはマルコメくんのような坊主頭。おさげ髪の少女もいて、子供たちは皆ものすごい技を見せる。師匠を演じている俳優はサモ・ハンの息子だという。

 

 アン・ホイ監督の「校長先生」。1960年代、小学校の校長先生と若い女性教師が授業を行う。いたずら小僧3人に厳しくするが、同時に温かく見守る。彼らがグレずにまっすぐ成長できたのは、先生たちの愛情のおかげだろう。40年後、同窓会に招かれる校長先生。「あれ、あの優しい女性教師は?」と思うと、彼女が40代の若さで亡くなったことを知らされる。

 七作の中で、一番印象に残ったのがこの作品だった。監督が長編文芸作品として構想を温めていたという。確かに、もう少し膨らませて長編映画になりそうな感じだなと思っていた。はっきりと描かれてはいないが、淡い思いがあったのでは?と思ったら、公式サイトにそう書かれていた。長編だったら、その辺ももう少し丁寧に描かれたのだろうな。1960年代から一気に2000年代に飛ぶのだが、描かれていない余白の部分について、色々と想像させられるのだ。
 先生たちの昼食が、用務員のおばちゃんが作ってくれたらしい白飯とおかずなのだ。他の先生たちも「校長先生は痩せているから、大盛りにしてあげて」と言ったり、いい雰囲気なのだ。
 当たり前だけど、授業の中で英語も教えたり、英国領だった時代なのだと思い出させられる。

 

 パトリック・タム監督の「別れの夜」、ユエン・ウーピン監督の「回帰」は、香港返還直前の出来事を描く。前者は英国への移住で引き裂かれる高校生カップル、後者は香港に残る祖父と、海外に移住する孫娘の話。似たような物語は、あちこちの家庭で起きたのではなかろうか。
 「回帰」では、祖父と孫娘のジェネレーション・ギャップも描かれるが、泊まりに来た孫に用意されていた部屋に「クリーミーマミ」グッズがあるではないか! 香港でも人気だったのね。
 おじいちゃんがカンフーで不良を撃退するの、カッコいいな。だが、そのわずか3年後には杖をついて歩いているのでびっくり。
 建物のすぐ上を飛行機が飛ぶシーン、あれは当時の映像だろうか? 啓徳空港に飛行機が着陸するとき、ものすごい低空を飛ぶのだ。

 

 ジョニー ・トー監督の「ぼろ儲け」は、株式投資や不動産投資をめぐるドタバタ。途中、俳優がマスク姿が出てきて「SARSの時かな」と思ったら、やっぱりそうだった。いつ撮影したのだろうか。コロナの前かな。

 

 リンゴ・ラム監督の「道に迷う」は、海外移住者のその後の話。久しぶりに英国から帰郷するが、香港の風景はすっかり変わってしまい――。変わりゆく香港について行けない主人公だけでなく、香港がこの先どういう方向に変わって行くのか、うっすらとした不安も反映している気がする。リンゴ・ラム監督は2018年12月に亡くなっているので、コロナ禍も民主化運動も起こる前なのだ。

 

 ツイ・ハーク監督の「深い会話」。ここまで、昔の香港へのノスタルジー色が強かったが、最後を締めくくるのはなんとSF作品。明らかに男性なのに、名前を聞くと「アン・ホイ」とか「マギー・チャン」とか女性の名前を返したり、香港映画のパロディを演じたり。たぶん、広東語の分かる香港映画通が見たら大爆笑だと思う。


 出てくる漢字が簡体字ではない、日本と同じ漢字表記なので、なんとなく意味が分かるのが嬉しい。ヨーロッパでアジア系の人と筆談したのを思い出す。何か書くと「あー(なるほど)」みたいなリアクションが返ってきてさ。
 香港に行ったのは1996年の一度きりなのだが、昔の香港映画を通して現地の風景を見ていたからだろうか、あちこち「なつかしい」と感じてしまった。たぶん、ここ数十年ほどで日本も同じように一層の西洋化が進んでしまったので、香港らしい風景とかアジアらしい風景に、ものすごくぐっときてしまうのだろう。

 

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