横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

TOVE/トーベ

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「TOVE/トーベ」

監督:ザイダ・バリルート
主演:アルマ・ポウスティ

 

<あらすじ>

 第二次世界大戦中のフィンランドヘルシンキ。若き画家トーベ・ヤンソンは、ムーミントロールの物語を描き始める。彫刻家の父ヴィクトルとは政治的に意見が合わず、芸術面でも認められない。窓の大きなアトリエに移り住み、トーベは制作に励む。政治家のアトス・ヴィルタネンという恋人がいながら、舞台演出家ヴィヴィカ・バンドレルと出会い、彼女に惹かれていく。当時、フィンランドでは同性愛は犯罪だった――。

 

 日本では「ムーミン」シリーズの作者として知られるトーベ・ヤンソンの伝記映画。
 伝記映画といっても全生涯を追うのではなく、1940~1950年代の頃。若き画家だったトーべがムーミンを描き始め、恋人となる女性舞台演出家ヴィヴィカ・バンドレルと出会うあたりの時期だという。つまり、彼女のその後の人生の方向性を決める、重要な出来事が起きたあたりだ。

 アトス・ヴィルタネンはスナフキンのモデルと言われ、パーティーの場面ではパイプをくわえ、段ボールの帽子をひょいとかぶる。トフスランとビフスランはトーベ自身とヴィヴィカ・バンドレルのことで、二人にしか分からない言葉で話す。最後の方でちらっと登場するトゥーリッキ・ピエティラは、“おしゃまさん”ことトゥーティッキのモデル。

 既婚女性かつプレイガールのヴィヴィカに「結婚しておくと何かと便利よ」と言われるが、一途なトーベはアトスの求婚を受け入れるものの、結婚には至らない。ヴィヴィカに翻弄された挙句、最後に誠実そうなトゥーリッキが出てくると、見る者はほっとする。

 別れてからも、アトスやヴィヴィカと友人として付き合えたのは、彼らが芸術面での良き理解者だったから。アトスは「ムーミン」の新聞への連載を勧め、後に英紙での連載にもつながる。ヴィヴィカは「ムーミン」を舞台で上演することを勧め、やがてこちらも大きな成功を収める。

 父のヴィクトルは、言うことはご立派だが、彫刻家としての収入では一家五人を養えず、実際は母シグネが挿絵画家として家計を支えていた。もし私が娘だったら「なーにが芸術よ! お母さんのおかげで食べていけるんじゃない!」と言ってしまいそう。なにしろトーベは10代から挿絵で稼いでいたのだから。

 「ムーミン」の作者として名声を得て、経済的にも豊かになるが、英紙への連載は時間とエネルギーを取られ、他の作品を作る時間がなくなっていく。弟ラルスにバトンタッチしたが、やはり彼も連載に苦心したのではなかろうか。
 トーベの「画家として成功したい」という願望と、戦時中に現実逃避のために軽い気持ちで描き始めた「ムーミン」の方が成功したというジレンマは、他の作家にもよくある話だ。たとえば、本当は歴史作家として名を残したかったコナン・ドイルが、「シャーロック・ホームズ」の作者として有名になってしまったように。


 主演女優アルマ・ポウスティは、トーべと同じくスウェーデン語系フィンランド人。映画はフィンランドで撮影されたが、言語はスウェーデン語だという。マイノリティー言語であるスウェーデン語で撮った映画でありながら、フィンランドで大ヒットとなり、アカデミー外国語映画賞にもノミネートされたという。

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 パリ左岸が同性愛者の集まる場所として出てきたが、もしかしてフランスのドラマ「パリ殺人案内」(こちら)の「エッフェル塔」の回に出てきたバーも、左岸にあるのだろうか。調べてみたら、現在、パリ左岸の中でも特にマレ地区は同性愛者の集まるバーが多く、初夏に行われるゲイパレードでは、あちこちレインボーカラーにペイントされるとか。


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