横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

東京、はじまる

『東京、はじまる』
門井慶喜  文芸春秋 

  東京駅駅舎や日本銀行本店を設計した辰野金吾が主人公。
 作者の門井慶喜さんは近代建築ファンで、過去には万城目学さんと一緒に『ぼくらの近代建築デラックス』という本を出している。そちらはガッツリ建築の本なので、もう一つの建築ブログの方に記事を書いた。

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 ただ、今回は辰野金吾を主人公とした小説なので、建築ブログではなく、こちらのブログに感想を書いておく。

 


 時代が江戸から明治に変わり、各地の藩士幕臣だった者たちが明治政府や、新しい国づくりのために働くようになった頃。今年の大河ドラマの主人公になった渋沢栄一を思い浮かべると、想像しやすいだろうか。辰野金吾に限らず、明治時代に建築業界に身を投じた曽根達蔵や妻木頼黄(よりなか)、片山東熊などもそう。
 
 お雇い外国人ジョサイア・コンドルに工部大学校(現・東京大学工学部)で師事し、その故郷である英国に留学するも、辰野は日銀本店の仕事を恩師から半ば強奪する。小説なのであくまでフィクションだろうが、仕事が辰野に行ったのは事実。「新・美の巨人たち」の辰野金吾と日銀本店を取り上げた回で、「どうして辰野に決まったのかは分からない」(藤森照信氏・談)とのこと。

 鹿鳴館ほか多数の建築を作り、何人もの弟子を育てたコンドルは、日本文化をこよなく愛し、日本画家に弟子入りし、日本舞踏を習い、日本女性と結婚する。現在の丸の内に三菱一号館など、「一丁倫敦」と呼ばれたレンガ建築群を作ったが、辰野金吾以上にある意味日本人らしい。

 実は、現在見られる東京駅駅舎は、設計当時「クイーン・アン様式が古くさい」と業界では言われていたのだ。何かの資料で読んだか、建築見学ツアーで聞いたのか思い出せないけど。あれは辰野が大御所になってから設計したものなので、若かりし頃に留学先の英国で見た数十年前の様式を明治末期~大正時代に持ってくると、さすがに日本でも「古い!」と不評だったのだ。小説の中では弟子の松井が指摘しているけれど、別の若手建築家も批判していた。

 そうそうたる建築家が何人も登場するので、建築好きにはとても楽しい。小説中では敵役として描かれている妻木頼黄だが、彼の作った明治期の建築(東京・王子にある)は関東大震災でも倒壊しなかったのだ。

 どこまで本当か知らないけれど、国家(そして建築家)の栄誉のかかった建築を手掛けられるか、裏側でずいぶんドロドロした争いがあったのはドン引きした。でも、驚きはしない。以前、ヨーロッパのアールヌーヴォー建築の本を読んだら、建物の話よりも、建築家同士の火花バチバチ、ライバル関係が目について、建築ブログに本の記事を書くのを断念したからね……。「ああ、日本も同じだったのか」と。


 フランス文学を専攻した私には、辰野金吾の息子であるフランス文学者・辰野隆(ゆたか)の名前に「おおおっ!」となった。同級生には谷崎潤一郎の名前が、大学の教え子には日本のフランス文学界のビッグネームが並ぶ。

 飛鳥山の名前が出てくるが、渋沢栄一は登場しない。また、辰野金吾スペイン風邪で亡くなっている。本書は雑誌の連載をまとめたものなので、コロナ禍より以前に執筆された。

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