横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

アマゾンおケイの肖像

『アマゾンおケイの肖像』
小川和久  集英社


 20世紀初頭に生まれ、13歳で叔父一家とブラジルへ移住した小川フサノ。叔父の妻との確執や望まぬ縁談から逃げるため、サンパウロまで夜逃げする。邦字新聞社での仕事を見つけると、余暇にダンスを習い始める。ダンス教師から舞台に立つことを勧められ、ダンサーとして高収入を稼ぐように。

  21歳で日本に帰国すると、ダンスカフェ経営で成功し、今度は「淑女になろう」と、上海へ渡る。アメリカのエリート外交官と運命的な恋に落ちるが、「身分違いだから」と泣く泣く別れを選ぶ。
 高額宝くじの当選金を元手に、不動産業で稼ぐようになる。女実業家として大成功を手にした矢先、太平洋戦争が始まる――。


 本書の主人公は、軍事アナリスト小川和久氏の母フサノ。ダンサー時代にケイという芸名をつけ、恋人にはケイコと名乗った。息子が本を出版するようになった時に、自分の生涯を本に書くように言い、「アマゾンおケイ」という題名を提案したという。
 こういう人を「女傑」と言うのだろう。フサノは当時の日本人女性としては珍しく、とにかく自立心旺盛で、男に頼らず、あくまで「レディーとして生きよう」とした。洋装の似合うモダンな女性だった。
 
 ある男性(既婚者)の子供を身ごもるが、女手一つで息子を育てた。戦後の没落もあり、生活は苦しかったが、一人息子に「紳士たれ」と仕込んだ。「紳士」のお手本は、上海で出会った外交官ロバート・ジョイス。後のCIA設立に関わった、諜報員だった。

 母一人、息子一人で、母が息子をひとかどの人物に育てようとする話、どこかで読んだなーと思ったが、ロマン・ガリの『夜明けの約束』(こちら)だ。国と職業こそ違うが、なんだか似てる。

 

 フサノは2000年に97歳で亡くなった。著者は、NHKのディレクターから「お母さんの話、伝記にしたらどうですか。ドラマでもいけますよ」と言われたとか。
 膨大な資料やインターネットを駆使し、海外に住む日本人や諸団体の協力を得て、数年がかりでリサーチを行ったところ、母の話の裏付けが取れたという。もしや、「母ちゃん、話を盛ってるんじゃないか」と疑っていたのだろうか。

 鎌倉に所有した別荘を阿部伯爵家に売るが、後に「フクちゃん」で知られる漫画家の横山隆一が購入し、制作会社「おとぎプロダクション」となる。現在、鎌倉の横山隆一邸跡には、メディアで紹介された素敵なスターバックスが建っているが、同じ場所だろうか? 調べてみるとプロダクションは「自宅の東隣にあった」そうなので、同じ敷地だと思う。