「青いカフタンの仕立て屋」Le bleu du caftan
監督:マリヤム・トゥザニ
出演:ルブナ・アザバル、サーレフ・バクリ、アイユーブ・ミシウィ
モロッコの海沿いの街サレの旧市街に暮らすハリム(サーレフ・バクリ)は、25年連れ添ってきた妻のミナ(ルブナ・アザバル)と仕立て屋を営んでいる。職人気質の彼が仕上げるカフタンは評判も上々だ。接客担当のミナが注文をさばき、わがままな客をあしらう。
見習いとして雇った青年ユーセフ(アイユーブ・ミシウィ)は、裁縫の技術も確かで、仕事熱心。だがミナは闘病中で、死期が迫っていた――。
主要な登場人物3人の人間ドラマなのだが、本作の隠れた主役は青いカフタンなのではないかと感じた。青い布地と金糸の刺繍が美しく、見る人の目を引くだけではない。完成間近のカフタンを見て、かつて結婚式を挙げられなかったミナが「結婚式をやれたら、これを着たかった」と言うほどなのだ。「ここ数年で一番の傑作」とも。また、カフタンの注文に店を訪れた女性客が、工房で制作中のこの青いカフタンを見て「高い料金を払うから、あれが欲しいわ」(つまり、注文している客から横取り)とまで言うのだ。
日本語版の題名は「青いカフタンの仕立て屋」だが、フランス語版の題名はズバリ「青いカフタン(Le bleu du caftan)」。人物以外のモノが大きな存在感を発揮する。映画「レッド・バイオリン」の赤いバイオリンを思い出した。
カフタンは母親から娘へと受け継がれるとも言われ、日本の着物に相当するだろうか。ただし、手で丁寧に刺繍するのは「時代遅れ」に思われているようで、完成を急ぐ客は「ミシンでやっては?」と言うのだ。寡黙な職人と、失われつつある職人による伝統的な手仕事、職人の夫に代わって店を切り盛りする妻。なんだか、日本にもありそうな話ではないか。着物以外の伝統工芸に置き換えてもいい。
モロッコというイスラム圏の国で、映画上の官能的な表現がどれぐらい許されているのか、あるいは許されていないのか、寡聞にして知らない。だが、病気で痩せたミナが着替えをする場面や、ハリムが公衆浴場を訪れる場面やユーセフとの場面は、相当大胆な試みだったのではないかと想像する。なんとなく、女性監督だったからこそ、ここまで踏み込んだ撮影ができたのではと思う。
カフタン作りでは、本物の職人に協力を頼んだという。だが、生地を裁断する場面は、俳優自身がハサミを手にしている。裁断に失敗したら、せっかくの布が台無しになる。かなりドキドキしながらハサミを入れたと思う。
末期ガンの患者を演じるため、ミナ役の女優は過酷なダイエットをしたという。また、職人を演じるにあたり、ハリムとユーセフ役の俳優たちは、カフタン作りのレッスンを受けたという。3人の俳優が相当な覚悟で撮影に臨んだのが、画面ごしに伝わってくる。
マリヤム・トゥザニ監督のインタビュー。青いカフタンの生地が美しいなと思ったが、美しく見えるように照明など工夫をしたとか。もちろん、イメージ通りのペトロールブルーの布を手に入れる苦労も。
このブログで何度か昔チュニジアに行った話を書いたと思うが、本当はあの時、最初に目指していたのはモロッコだったのだ。友人が予約しようとしたら、モロッコ行きのツアーは満員で、目的地をチュニジアに変更したのだ。
映画で描かれる旧市街(メディナ)の雰囲気、早朝、ミナレットのスピーカーから聞こえてくる祈り。これらはチュニジアでも見聞きしたものだ。もしあの時モロッコに行っていたら、こんな景色を見たのかもしれない。