横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

Poirot and Me/ポワロと私

「Poirot and Me」/『ポワロと私』デヴィッド・スーシェ、ジェフリー・ワンセル著
高尾菜つこ訳  原書房 


 ドラマ「名探偵ポワロ」シリーズでポワロ役を演じてきたデヴィッド・スーシェの回想録。2020年にドラマを全話見て(記事はこちら)、感動やまぬまま原書を買ったのだが、数年たってしまった。そうこうするうちに、読み終えるより前に日本語版が刊行されてしまった。悲しいので、そのまま原書で読了。

 

 こちらは日本語版。

 

 「ポワロ」の撮影が始まったのは1988年、終了したのは2013年なので、実に四半世紀。今となっては全編撮影できたことを知っているが、当時は1シリーズで数話だけ撮影するという形式だったため、シリーズとシリーズの間隔が結構あいていた。次のシリーズも制作するのかどうか、撮影はいつになるのか、未確定だったらしい。
 スーシェは舞台俳優だったので、ポワロの撮影が終わると舞台の仕事を入れた。長いツアーに出ることもあり、時には次の撮影を遅らせることも。映画やドラマにも出演した。

 ポワロ以外の作品で私の記憶にあるのは、ハリウッド映画「ダイヤルMを廻せ」のリメイク版「ダイヤルM」。なぜかアラブ系の捜査官の役で、ポワロのトレードマークの髭こそないが、「あれ、ポワロの俳優じゃん!」と驚いたっけ。

 2000年に日本にも来ていたのは、本書で初めて知った。NHKに出演していたとは!


 初期はITV制作で、後半になると米資本が入ったせいか、オープニング曲や作品の雰囲気が全然違う。
 レギュラー放送された初期の作品は、ヘイスティングス、ミス・レモン、ジャップ警部の出番が多く、チームのようだった。後半は彼らの出番がぐっと減り、「ビッグ・フォー」で久しぶりに勢揃いした。あのままITVが作り続けていたら、あの3人ももっと登場したのかな。

 共演者といえば、ベテランから若手まで、たくさんの英国内外の俳優が登場した。有名になる前のマイケル・ファスベンダーや、ダミアン・ルイス(「ドリーム・ホース」)など、今名前を見ると驚く。「シャーロック・ホームズの冒険」に出ていた俳優陣もいた。
 脚本家も豪華だ。今や有名ミステリ作家のアンソニーホロヴィッツも「ポワロ」に参加していた。「シャーロック」のマーク・ゲイティスは、俳優兼脚本家での参加。


 最後の作品は、順番通りだと本当は「カーテン」なのだが、デヴィッド・スーシェのたっての希望で、「死者のあやまち」を最後に撮影したという。ロケ地のグリーンウェイ・ハウスは「ポワロ」の原作者アガサ・クリスティーの別荘で、さらにこの作品にはクリスティーの分身とされるオリバー夫人も登場する。最高のロケ地、最高の締めくくりではないか。
 撮影終了後には、スーシェは感無量になる。拍手が起こり、スタッフに囲まれ、シャンパンを開け――。

 ふと、グラナダ版「シャーロック・ホームズの冒険」のホームズ役、ジェレミー・ブレットを思い出し、彼にもこんな光景を見せてあげたかったなあと、思ってしまった。もう少しだけ長生きしてくれたら、ホームズも全編完成したのに。
 「ポワロ」の日本語版は、熊倉一雄さんの吹き替えもぴったりだった。25年かかったけれど、完成後に熊倉さんがお亡くなりになった。ギリギリ間に合った。

 原書は、2013年の撮影終了直後にまずハードカバーが出て、サイン会やイベントが開催された。その時の様子がペーパーバックのエピローグに載っている。プロデューサーで共著者のジェフリー・ワンセルと英国各地を回り、本にせっせとサインを書き、どの街へ行っても大勢のファンが集まり、長蛇の列ができたという。海外からやってきたファンもいた。
 どれだけスーシェ版ポワロが世界中の人々に愛されていたのかが伝わってくる。


 スーシェはもう1冊、自伝を出している。和訳出るかしら。