横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

エロイカより愛をこめて

 来年2月に、都内で青池保子さんの原画展が開催される。その前に予習を……と思い、「エロイカより愛をこめて」をせっせと読んでいる。これを書いている時点でようやく20巻まで。

 

 このところ「MASTERキートン」を読んだり(これは家人も読んでいる)、Amazonプライムで「機動戦士ガンダム」を見たり、古典的名作をおさらい中。
 なのだが、さすがに「エロイカ」は全巻39冊あり、躊躇した。紙で揃えるか、電子書籍にするか。さんざん迷った挙句、紙で揃えた。文庫だと絵も文字も小さいのでコミックで。

 前半は東西冷戦中、後半はベルリンの壁ソ連も崩壊した後。前半の方は部分的に読んだ記憶があり、少佐がシスターに揚げたイモをごちそうになる回と、涼しい顔で少佐がチロリアンダンスを踊る場面をなぜかはっきりと覚えている。その辺のコミックが出たのは10代の頃。書店で読んだのか、美容院で待ち時間に読んだのか、定かではない。

 当時は少女漫画らしからぬ絵柄があまり好きではなく、深入りせず。
 ところが歳月は流れ、ミステリやスパイものを山ほど読んだ今は、リアリティある描写や骨太なストーリーがむしろ「いい…!」(by「ラピュタ」のルイ )。「漫勉」に青池保子さんが出演された回(こちら)で、カラー原稿の美しさに感激したのもある。

 そして現在、沼にはまっている。

 ほとんどの女性読者と同じ感想だと思うが……。


 <鉄のクラウス>ことエーベルバッハ少佐がとにかく凄腕すぎる。まず、射撃の達人。ハイジャックされた旅客機を操縦し、戦闘機ばりのタッチ&ゴーをやってのけ、シベリアではミグを奪って操縦する。船舶も免許を持っているらしく、米軍の練習用だが大型船舶も操縦してしまう。陸軍にいたので戦車も――。
 最初、少佐のことは軍人とだけ思っていたが、変装もするし潜入もする。伯爵が「スパイ」と呼ぶのを見て、「そうか、少佐はスパイでもあるんだ」と気づいた。

 でもさ、スパイって目立っちゃいけないのよ。軍人としてあるまじきあの長髪って、諜報活動で目立ってしまうのでは――?


 10代の頃は「怖い」と思ったはずのエーベルバッハ少佐が、今見るとカッコいいし、色気もある。街のおばさまから「あら、あなたハンサムね」と褒められ、任務として接近した女スパイも密かに惹かれる。某人物の愛人たちも「あら、いい男ね」と、ちょっかいをかけてくる。女性だけでなく、美しい男が好きな<怪盗エロイカ>こと伯爵からも好かれる。愛される。
 欧米だと、ただ顔がきれいなだけじゃダメで、色気がないとスターは人気が出ない。少佐の場合は、目鼻立ちだけではなく、軍人として体を鍛えているのがモテポイントなんだろうな。伯爵が見つけた古い彫刻のように。リアルなら、少佐は欧米でも男女から「美しい、セクシー」と言われただろう。

 前半まで読了して、いちばん好きなシリーズはウィーンを舞台にした「皇帝円舞曲」かもしれない。オーストリアは中立国で、作家ジョン・ル・カレも自伝的小説で主人公をウィーンの英国大使館で勤務させていた。東西冷戦中ともなれば、今以上にスパイが暗躍していただろう。
 女スパイ<マリー・アントワネット>が接触してくるが、もし<鉄のクラウス>と結婚したら、それこそCIAの<メッテルニヒ>とKGBの<マリア・テレジア>夫妻のような状況になってしまう(!)。そういう事態を回避するために独身なのかな。別の回で、モデル級の美女が接近してきた時も、追い払ってしまった。

 上司の部長曰く、女っ気のない「トーヘンボク」だが、スピンオフ作品『Z』で部下Zにかけた優しい言葉から想像するに、Zみたいな新人時代あるいは情報部に入るより前の若い頃に、女性と色々あったんじゃないかなー。
 どなたかが『Z』のレビューで「あれは少佐の若い頃みたいなもの」と書いてて、なるほど~と膝を打った。ハンサムで、エージェントとして素質があり、美女も寄ってくる。もしかしたら、若い頃の少佐は女性のせいでピンチに陥ったり、死にかけた事もあるんでは? 接近してくる女性をやたら警戒するのは、単に「死にたくないから」では? 
 そんな気がするのだ。

 少佐の初恋の人がギムナジウムのシスターなので、ストレートかなあ。たぶん、伯爵はずっと片思いだろう。そう思うと伯爵の乙女心(?)がちょっと切ない。

 「皇帝円舞曲」のラスト、一流の泥棒として大活躍をした(そして少佐を助けた)伯爵がドレスで女装して現れる。「一度だけ」踊って欲しいと少佐に迫り、少佐は「NEIN」とつっぱねるが、たぶん、描かれていないが、あの後二人は「一度だけ」踊ったんじゃないかなー。
 そんな想像も楽しい。

 自分がもっと若かったら、漫画少女として復活し、同人誌に手を染めたかもしれない。ドイツに行った時に、エーベルバッハの街にも絶対に行ったはずだ。


 インターネットもない時代、たくさん資料を集め、時には現地へ取材に行き、骨太な物語を描いた青池保子先生、素晴らしい。まだ全巻読み終わってないけど、早くも関連本を読み始めている。

 

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