横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

パリタクシー

「パリタクシー」Une Belle Course
出演:ダニー・ブーン、リーヌ・ルノー
監督:クリスチャン・カリオン


 パリのタクシー運転手シャルル(ダニー・ブーン)は、金策に困っていた。ある日、長距離の客を「金になるから」と紹介され、迎えに行くと、92歳のマドレーヌ(リーヌ・ルノー)が待っていた。この日、住み慣れた自宅を離れ、老人ホームに入居するのだ。まっすぐ目的地に向かうかと思いきや、彼女は思い出の場所を訪れてくれと頼む。パリのあちこちを周りながら、マドレーヌはその半生を語る。彼女の身の上話を聞くうちに、シャルルにはいつしか赤の他人に思えなくなっていく。

 

 タクシーはパリ市内を走り、エッフェル塔オペラ座セーヌ川など、「これぞパリ!」という美しい光景が眺められる。原題の「Une Belle Course」を意訳するなら「美しい旅路」だろうか。目的地への到着が近づいた旅の終盤、マドレーヌは助手席に移り、パリの夜景を目に焼き付けるかのようにじっと見つめる。

 かわいらしいおばあちゃんと思いきや、マドレーヌは戦前に生まれ、占領中、終戦、1950年代、そしてベトナム戦争に揺れる1960年代を生きてきた苦労人だった。歴史の生き証人のよう。

 最初に寄り道した場所にはプラーク掲示されていた。恐らく、マドレーヌの父親はレジスタンス活動家として処刑されたのだろう。もし、ユダヤ系であることが処刑理由なら、その子供であるマドレーヌも強制収容所へ送られたはず。

 パリ解放後、米軍兵士と恋に落ちるが彼はすぐに帰国し、マドレーヌは未婚の母になる。この恋をものすごく美化しているのだが、その後の苦労の始まりを作ったきっかけなのに……と思ってしまう。


 赤信号無視でシャルルは警察に呼び止められるが、マドレーヌの機転(というか作り話)で免停を逃れる。これぞ年の功。

 老人ホームへの到着は大幅に遅れ、いつしか日も暮れるが、シャルルは「豪華なディナーはどう?」と提案する。マドレーヌがパリの街で過ごす最後の日を惜しむように。お金に困っているはずなのに、気のいいシャルルは「免停を逃れたお礼に」と言って、ディナーの代金を払う。
 このシャルルの誠実な人柄が、最後に「奇跡」を招いたのだ。

 こんな出会い、さすがにパリでもめったに無いだろう。それでも、二人の間に流れる穏やかな空気に「こんなこと、あってもいいかも」と思ってしまう。


 シャルルが「46歳」だと伝えると、マドレーヌは「孫くらいの年齢ね」と返す。実は、演じるダニー・ブーン(実際は56歳)とリーヌ・ルノーはプライベートでも交流があり、「ダニーは息子のよう」と言っているらしい。

 コメディアンのダニー・ブーンは、ジャン=ピエール・ジュネ監督の「ミックマック」で見たことがある。
 リーヌ・ルノーは、本作で初めて知ったシャンソン歌手・女優。エイズ撲滅運動や尊厳死法制化の活動家としても知られるという。映画の中で、マドレーヌが女性への暴力反対のために活動するアイコン的存在であるのと重なる。

 リーヌ・ルノーが「Frou Frou」を歌う動画があった。

www.youtube.com

 監督のインタビューによると、渋滞の激しいパリ市街での撮影が困難なため、ドライブシーンはすべてスタジオ撮影だったとか。

www.cinemacafe.net

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