横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

Sherlock Holmes on Screens 1929-1939

Sherlock Holmes on Screens 1929-1939』
Howard Ostrom著 Thierry Saint-Joanis編 Mycroft's Brother Editions刊


This is the film book of the sherlockian, by the sherlockian, for the sherlockian.

 

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 SSHF(フランス・ホームズ協会)から出た新刊。1929~1939年の世界のホームズ映画を集めたもので、編集・刊行はフランスだけど、本文は英語。

https://www.mycrofts.net/sherlock-ostrom-1-fr

値段は30ユーロ(現在は送料無料)。注文はこちらから。

https://www.mycrofts.net/product-page/sherlock-holmes-on-screens-1

 

 類書の『Sherlock Holmes on Screen:The Complete Film and TV History』(Alan Barnes著)や『Starring Sherlock Holmes』(David Stuart Davies著)など、ホームズの映像作品を紹介する本はいくつもあるが、大体が米国の作品。また、聖典であれオリジナルであれ、映像化されたホームズ物語のみということが多い。

 対して、本書はシャーロキアン目線で編集されている。つまり、厳密にホームズ物語を映像化したものだけでなく、登場人物がちょこっとホームズの格好をしている”ゆるい”作品も収録しているのだ。また米国だけでなく、数は少ないが英国、ドイツ、フランス、チェコ、日本など世界各国の作品も紹介している。まさにシャーロキアンの、シャーロキアンによる、シャーロキアンのための映画本なのだ。

 

 たとえば、日本映画「残菊物語」(1939年/溝口健二監督)。歌舞伎役者の二代目尾上菊之助をモデルにした作品で、舞台は明治時代。駅の場面で、なぜか主人公はディアストーカーをかぶり、そばにいる女性にインバネスコートをかけている。この映画を見ていないのだが、明らかにストーリーとホームズは無関係。

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 インバネスコートは「とんび」とか「二重回し」とも呼ばれて、和服の上に羽織る外套として重宝された。この組み合わせは大正、昭和初期に流行し、今でもたまに都内で和服の上にインバネスを着た男性を見かける。なので、インバネスはまだ分かる。でも、ディアストーカーはなぜ……?

 本書によると、20世紀初頭に日本でホームズ劇が上演された記録がある。映画の衣装担当者(奥村喜三郎)がどこかでホームズのビジュアルを見たのだろうか。著者は「衣装担当者はシャーロキアンだったのかも?」と書いているが。はてさて。


 日本でも知られるベイジル・ラスボーン主演作など、有名作品も紹介されているが、目をひいたのは英国の「The Arsenal Stadium Mystery」(1939年)。なにしろサッカークラブ<アーセナル>の本拠地であるアーセナル・スタジアムで試合中に選手が毒殺され、殺人事件を解決するというストーリーなのだ。サッカーを愛するシャーロキアン(ワタシのこと)にとっては、盆と正月が一緒に来たような設定。なぜ本書に収録されているかというと、スレイド警部が劇中、ホームズの格好をしているから。

 日本語版はなさそうだけど、この映画見たい! なにしろクラブが撮影に協力し、アーセナルの選手や監督が出演しているのだ。気になるではないか。

The Arsenal Stadium Mystery - Wikipedia


 小ネタとしては、「The Speckled Band」(1931年)でホームズ役を演じたレイモンド・マッセイ。娘のアンナも女優になり、後にグラナダ版ホームズを演じたジェレミー・ブレットと結婚した。色々な意味ですごいな~。

 続編も出るとのことで、楽しみである。

 

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