横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

小説 エノーラ・ホームズの事件簿

 今度実写化される、ナンシー・スプリンガーの『エノーラ・ホームズの事件簿』シリーズ。主人公エノーラは、シャーロック&マイクロフト・ホームズの年の離れた妹という設定。米国では6冊出ているが今のところ、日本語版は5冊のみ刊行。ネタバレを回避しつつ、備忘録としてレビューを書いておく。

  マイクロフトを冷たい長兄、シャーロックの方を多少は妹に優しい次兄として描いている。エノーラはシャーロックに似た自分の顔にコンプレックスがあるけど、映画でエノーラを演じるミリー・ボビー・ブラウン嬢はキュートだよ! というか、お兄ちゃん役は誰が演じるんだろう。
 

エノーラ・ホームズの事件簿―消えた公爵家の子息 (ルルル文庫)

エノーラ・ホームズの事件簿―消えた公爵家の子息 (ルルル文庫)

 

『エノーラ・ホームズの事件簿 消えた公爵家の子息』

  母親が失踪し、エノーラはロンドンの兄達に助けを求める。母が事件に巻き込まれた可能性はなさそうだったが、長兄のマイクロフトは14歳のエノーラの将来を案じて、寄宿学校に入れようとする。反発したエノーラは脱走を図る。

 兄の裏をかいてロンドンを目指す途中、ある事件に関与する。公爵家の跡取り息子が消えたという。探偵である兄シャーロックのように、少年の行方を探すエノーラ。

 コルセットって、うまく使うと女探偵にはこんなに便利なのかー。武器や小道具を隠しすぎ!(くノ一か!)映画ではどうなるんだろ。

 

エノーラ・ホームズの事件簿―ふたつの顔を持つ令嬢 (ルルル文庫)

エノーラ・ホームズの事件簿―ふたつの顔を持つ令嬢 (ルルル文庫)

 

 『エノーラ・ホームズの事件簿 ふたつの顔を持つ令嬢』
 ロンドンに出てきたエノーラは、「探し屋」として偽名で事務所を構える。複数の変装を使い分けて、ロンドンの街へ飛び出す。最初の依頼人は、なんとワトスン!ホームズから、妹(エノーラのこと)が行方不明だという話を聞いたのだ。

 その頃、準男爵令嬢セシリーが屋敷から姿を消す。自発的に家出したのか、それとも誘拐されたのか? 貴族ではないがやはり良家の子女として育てられたエノーラは、セシリーが窮屈な思いで暮らしていたことに共感を覚える。

 ひょんなことからエノーラはベイカー街221Bの部屋に入り込むのだが、シャーロックを出し抜くやり方がお見事!

 

エノーラ・ホームズの事件簿 ワトスン博士と奇妙な花束 (ルルル文庫)

エノーラ・ホームズの事件簿 ワトスン博士と奇妙な花束 (ルルル文庫)

 

 『エノーラ・ホームズの事件簿 ワトスン博士と奇妙な花束』
 シャーロック・ホームズの友人ワトスンが行方不明になった。エノーラがメアリー夫人をお見舞いに行くと、いくつか花束が並んだ中に、奇妙な花束が紛れていた。花言葉を知るエノーラは、犯人から届いたものと見抜く。もちろん、シャーロックも捜査に乗り出していた。

 過去の変装はばれているため、新たに衣装や化粧品を手に入れたエノーラは、兄たちの予想の裏をかいて、美女に変身する。地味女子が美女に変身なんて、お嬢ちゃん、大人女子の秘密を知ってしまったね! 当時の英国はナチュラルメイクだったらしいが、現在の日本ではだねえ、メイクで大変身するんだよ。中には整形みたいな技を駆使するすごい人もいるのよ。

 エノーラのブラコン(スリムで優しい次兄の方ね)ぶりがひしひしと伝わってくる。でも、長兄の方も密かに妹を案じていたことが発覚する。

 それにしても、「シャーロック」でジョンがかどわかされたエピソードを思い出しちゃったよ。

 

エノーラ・ホームズの事件簿―令嬢の結婚 (ルルル文庫)

エノーラ・ホームズの事件簿―令嬢の結婚 (ルルル文庫)

 

 『エノーラ・ホームズの事件簿 令嬢の結婚』
 エノーラは街で準男爵令嬢セシリー(『ふたつの顔を持つ令嬢』)と再会するが、お目付け役にガードされており、何やら怪しい状況。気になったエノーラが様子を探ると、セシリーは自分の意志ではない結婚をさせられそうになっていた。自宅にはおらず、どこかに監禁されているらしい。

 捜査中にある屋敷でシャーロックと鉢合わせし、手を組まないかとエノーラは持ちかけるが……。シャーロックは屋敷に侵入するため、女中をたぶらかして情報を得るのだが、それってアガサの時と同じ手口じゃん。

 ちょっと気になった点が。
 タイタニック号は、まだこの当時起工すらされてなかったはず。巻末に「ウィーンの精神科医」という言葉が出てくるが、ホームズのパスティーシュを何冊か読んだ人なら、フロイトを思い出すだろう。

 

エノーラ・ホームズの事件簿 ~届かなかった暗号~ (ルルル文庫)

エノーラ・ホームズの事件簿 ~届かなかった暗号~ (ルルル文庫)

 

 『エノーラ・ホームズの事件簿 届かなかった暗号』
 エノーラは、下宿の女主人ミセス・タッパーから相談をもちかけられる。謎めいた脅迫文が届いたのだ。ほどなく、ミセス・タッパーは何者かに誘拐されてしまう。ミセス・タッパーはかつてクリミア戦争の際、スクタリ(現トルコのユスキュダル)で夫を亡くし、彼女も現地にいた。脅迫文と、部屋に残されたクリミア戦争当時のクリノリンを手掛かりに、エノーラは伝説の看護師フローレンス・ナイチンゲールに会いに行く。

 上流階級の女性であるナイチンゲールは、公の場から姿を消していたが、彼女の家には政治家や各種団体の関係者が集まってきていた。


 ナイチンゲールが看護師団派遣を巡って政治に巻き込まれたことや、帰国後の表に出ない活躍については、初めて知った。エノーラの母親世代で、世界史に名前の残る偉業をなしとげた英国女性はそうそういない。エノーラやセシリアのように、良家に生まれながら困ってる人々を助けようとした、いうなれば2人の少女たちの”先輩”にあたるわけだ。だからこそ、ナイチンゲールもエノーラを手助けしてくれた。若い頃の、良家の子女という立場に窮屈さを感じた昔の自分自身の姿を、エノーラの中に見たのだろう。


 5冊読んでみた雑感。
 エノーラの兄シャーロックに向けるまなざしが、このシリーズの読者層である10代女子の「きゃー素敵、シャーロック・ホームズ様♡」を体現してる。4巻のエノーラ、ブラコンすぎだろ!

 でも、10代の頃にジェレミー・ブレット版ホームズを見た私には、とても共感できる。「小説から抜け出したみたい!」と感激したっけ。当時ジェレミーは50代でダンディーだったけど、今みたく、もう少し若い30代のベネディクト・カンバーバッチ版ホームズを見たら、たぶんキャーキャー騒いだだろうな。うん、エノーラを笑えん。

 ナイチンゲール女史のおかげで、コルセットの恐ろしさを改めて思い知らされた。以前『下着の誕生―ヴィクトリア朝の社会史』(戸矢理衣奈著)で読んではいたんだけどね。フランスで、ココ・シャネルが女性たちをコルセットから解放しようと奮闘した原点。

 ヤングアダルト/児童書の枠にとどめておくにはもったいないシリーズ。大人にも、男性にも読んで欲しい。表紙と作中の挿絵がいかにも「女子向け」って感じなのが残念。アイリーン・アドラーを主人公にした『おやすみなさい、ホームズさん』(キャロル・ネルソン・ダグラス)(記事はこちら)の時にも思ったんだが。英語版だと装丁がシンプルなのに。

 

 ちなみにフランス語版は、その後バンドデシネにもなっている。この表紙、好きだわ。

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【追記 映画がNetflixで公開】

iledelalphabet.hatenablog.com