横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

おやすみなさい、ホームズさん

「おやすみなさい、ホームズさん」Good Night, Mr. Holmes
「おめざめですか、アイリーン」Good Morning, Irene
キャロル・ネルソン・ダグラス
創元推理文庫日暮雅通訳)

 2作まとめての感想。
 聖典の「ボヘミアの醜聞」に出てきたアイリーン・アドラーが活躍する、ホームズ・パスティーシュ。表紙の絵を見て、キラキラフリフリの世界(どういう世界だ)を想像して、逃げた読者もいると思われ(特に男性)。確かに女性が主人公だけど、中味はしっかりしたミステリで、思っていたほど「きゃはは、うふふ」の世界(どういう世界だ)じゃなかった。

 2作とも語り手は英国人女性のネルことペネロピー・ハクスリー。牧師の娘ということで、超真面目、超常識人。対して、米国人のアイリーンは、職業柄というより、本人の気質でしょう、とにかく常識にとらわれない。そして最高の頭脳と度胸の持ち主。この二人が偶然から出会い、ルームメイトとして暮らすようになる。女優・オペラ歌手のアイリーンにはもう一つ、探偵としての顔があり、記録係のネルはいうなればアイリーンの「ワトソン役」を務める。

 


ボヘミアの醜聞」の裏話であるだけでなく、「緋色の研究」のジェファソン・ホープがちらっと登場するのも、聖典の読者にはちょっと嬉しい。

 後にアイリーンと結婚する、弁護士ノートンも登場するが、聖典とまるで別人か! と思うような人物設定(聖典にはノートンの情報はそれほどなかったけど)。時代が時代なので、女性があの服装で動き回るのは無理。そこでアイリーンに男装させるわけなんだけど、本格的な捜査となると、本物の男性の協力が必要なこともあるわけで。それも、アイリーンに負けない、頭のきれる男性。おまけにホームズよりずっとハンサム。もう、ホームズの出る幕はありません。

 そもそも聖典を熟読するかぎり、アイリーンがホームズに男性として興味を持つふしはまったくないし。聖典の読者としては、その点では納得がいく。


 二作目の「おめざめですか、アイリーン」はフランスとモナコが舞台。いわゆる「語られざる事件」を扱っている。<義理の娘を殺害したという嫌疑をかけられていたモンパンシエ夫人の無実を立証した>事件のこと。

 嬉しいのは、当時活躍したフランスの女優サラ・ベルナールの登場。かなり存在感があります。ネルから見たら、未婚の母だったり、とんでもない女性だけれど、後に女性ながら「ハムレット」で主役を演じて新境地を開いた名女優。私は彼女の伝記を読んでファンなので、ご褒美のよう。

 サラ・ベルナールの活躍した時期が19世紀末期~20世紀初頭なので、ホームズとはいわば同時代人。ホームズ・パスティーシュではソアレス「リオ連続殺人事件」にも出てくるし、たまたま先日読んだドロシー・セイヤーズのピーター卿もの「雲なす証言」にも名前だけ出てきたし。この時代のフランス文化を語るうえで、外せない存在だと思う。

 1作目と同じく、ホームズも出てくる。聖典では出てこない、もう1つの事件の方は、ホームズには関与させません。

 英語ではシリーズが続いているけど、いずれ和訳される可能性があるので、原書には手を出さず、待ちます(他力本願)

 1作目の「おやすみなさい、ホームズさん」は、日本ではもう4年も前に出ていた本ですが、すいません、積読でした……。この本、表紙で損をしているような気がする。かなりの男性読者を逃がしていないだろうか? 書評を検索すると、女性のブログばかり見つかったし。読まず嫌いは損ですよ~。

 

おやすみなさい、ホームズさん 上  (アイリーン・アドラーの冒険) (創元推理文庫)

おやすみなさい、ホームズさん 上 (アイリーン・アドラーの冒険) (創元推理文庫)

 

 

おやすみなさい、ホームズさん 下 (アイリーン・アドラーの冒険) (創元推理文庫)

おやすみなさい、ホームズさん 下 (アイリーン・アドラーの冒険) (創元推理文庫)

 

 

おめざめですか、アイリーン (アイリーン・アドラーの冒険) (創元推理文庫)

おめざめですか、アイリーン (アイリーン・アドラーの冒険) (創元推理文庫)