横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

めぐりあう日

「めぐりあう日」Je vous souhaite d'être follement aimée

監督:ウニ―・ルコント
出演:セリーヌ・サレットほか

<あらすじ>
実の親を知らずに育ってきた理学療法士のエリザは、自身の出生を知るため、息子を連れてパリからダンケルクにやってくる。実の親の手がかりがなかなかつかめずにいたある日、息子が通う学校で働く中年女性のアネットが、患者としてエリザの療法室を訪れる。


【ネタバレ注意】
「冬の小鳥」に続く、ウニ―・ルコント監督の自伝的な作品。
”自伝的”というのは、彼女は養子縁組の形で韓国からフランスにやってきたから。
今のオランド政権で、若い女性の閣僚が目立つけれど、そういえばフルール・ペルラン(中小企業・イノベーション・デジタル経済担当大臣)も、ルーツは韓国だ。

 フランスでは、子供に恵まれない夫婦がアジアなどの外国から養子をもらうのは珍しくない。仏語学校に通っていた友人(日本人)のクラスメイトは、カンボジア出身だったという。

 



 養父母がフランス人で子供がアジア人だと、嫌でも「養子なのね」と分かってしまう。フランスで暮らしながら、子供の方は自分のルーツについて考えざるを得ないのだろう。

 どうしても、マイク・リー監督の傑作「秘密と嘘」が頭をよぎる。1990年代のイギリスが舞台の「秘密と嘘」では、主人公シンシアは母親の方だった。再会した娘ホーテンスは、肌の色が母親と違っていた。だからこそ、周囲の手で、里子に出されてしまったのだろう。肌の色が同じだったもう一人の娘は、シンシア自身が育て上げた。

 一方、「めぐりあう日」では、実母を探す主人公エリザは娘の方だ。養母はシュザンヌという名前から察するに、生粋のフランス人だろう。

 エリザが執拗に、実の母親を探す動機は何だろう? また、避妊が簡単な現代のフランスで(モーニングアフターピルだってある)、わざわざ中絶を選択する場面があったのは、どういう狙いだったのか?

 エリザの息子ノエは転校初日の食堂で、「豚肉は食べても大丈夫?」と聞かれる。てっきり、アレルギーのことかと思ったけど、後で「ノエは養子なの?」と尋ねる場面があり、ようやく意味が分かった。ノエの黒い巻髪は、アラブ系に見えることの象徴なのだ。

 やがてルーツが判明するが、ノエの祖父(エリザの父)はアラブ系だった。アネットが子供を里子に出すことになったのも、そのせいだったのだろう。「秘密と嘘」のシンシアが、子供を手放したように。

 エリザは、母親の正体(つまりは父親の正体もだが)が分からないうちに、第2子の中絶を決めた。アラブ系のルーツのことは知らなかったが、ノエのような容貌の子供をもう一人産むことが怖かったのかもしれない。

 2016年フランス映画祭のインタビューによると、原題の「Je vous souhaite d'être follement aimée」は、「狂おしいほどあなたが愛されることを私は祈っている」という、アンドレ・ブルトン狂気の愛』に出てくる、父から娘に宛てた手紙の一部。

 セリフとしては出てこないが、恐らくアネットはエリザに、エリザはノエに向けて、そう願っていることだろう。


 以下、余談。
 2本立てで見に行ったのだが、それも本作が目当てだったのだが、どう~も主人公に共感できず。我慢の多い日本女性と比べて、フランス女性がいかに「自由」なのはよーく分かった。でも、養母に冷たく、夫に冷たく(関係が破綻しているとはいえ)、男とワンナイトラブを楽しみ(むしゃくしゃしていた&子供の家出への導線とはいえ)、最愛の存在のはずの子供を「パリに帰りたいよう」と泣かせ。

 そこまで犠牲にして、ようやく念願の実母が見つかっても、受け止められず。どうしたいねん。どんな実母なら良かったんじゃ。いい作品には違いないんだが。

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