横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

ブラン・マントー通りの謎

『ブラン・マントー通りの謎 (ニコラ警視の事件1) 』L'Énigme des Blancs-Manteaux 
ジャン=フランソワ・パロ著 吉田恒雄訳 ランダムハウス講談社文庫

 少し前に「ジェヴォーダンの獣」にふれた(ジェヴォーダンの獣とバスカヴィル家の犬)が、本書は同じく18世紀後半、ルイ15世の時代が舞台。

 

 1761年パリ。ブルターニュから上京してきた青年ニコラ・ル・フロックは、名付け親であるランルイユ侯爵の紹介でパリ警察総監サルティンに面会する。見習い警視として働き始めるが、ある失踪事件、さらに殺人事件を捜査することになった――。

 

 フランス革命以前のパリである。まだ街路は薄暗く、衛生的ではなく、オスマン男爵のパリ大改造まであと100年待たなければならない。ついでに言えば、かのヴィドックも生まれる前。そんな時代。

 現代の探偵小説のようなことは不可能だが、一体どうやって捜査するのかと思いきや、思わぬ助っ人が現れる。<ムッシュー・ド・パリ>こと死刑執行人サンソンである。仕事柄、死体を見ることが多く、人体の構造を学び、まるで法医学者のように死因や死亡時刻をモルグで教えてくれるのだ。
 年上の捜査官ブルドーや、密偵たちも有能で、二コラを何かと助けてくれる。ある現場で、二コラは残された足跡の型をとり、容疑者の足跡と比較するという、後の科学捜査のようなことをやってのけるのだ。
 時代を先取りしたやり方や、複雑な推理の過程に、上司サルティンも驚く。

 二コラという人物がものすごく「いい男」に描かれている。女性ウケが抜群なのだが、単に男前なだけでなく、人の懐に入るのが上手なのだ。貴婦人だけでなく、料理人にも。「人好きのする」という能力は男性相手にも発揮される。

 シリーズには国王ルイ15世や寵姫ポンパドール夫人、王女アデライードなども登場する。パリの街のちょっとした小路や料理屋など、18世紀の風俗が詳しく描写され、この時代のフランスが好きな人にはとても楽しいだろう。

 

 ジャン=フランソワ・パロの原作はフランス革命直前(1787年)で終わっているが、パロの死後、 Laurent Joffrinによる続編が出ている。そちらは1789年が舞台。国王に仕える警視二コラは、同時に貴族でもある。彼の運命が非常に気になるところだ。

 日本では続編の『鉛を呑まされた男 (ニコラ警視の事件2)』、『ロワイヤル通りの悪魔憑き(ニコラ警視の事件3)』まで刊行されているが、続編は和訳されていない。Wikipediaによると、ランダムハウス講談社の提携解消後、社名変更を経て倒産したとのこと。どこか別の出版社から続編を出せないものだろうか。


 このシリーズは「王立警察 ニコラ・ル・フロック」(Nicolas le Floch)の題でテレビドラマになっている。日本ではAXNミステリーで2009年11月から放送された。原作の1話を前後編の2話にして放送されている。


 フランスではエピソード12(12作)まで放送されたが、日本では8話(4作)まで。原作の和訳がストップしたのも関係あるのだろうか? 未見だが、せめてドラマだけでも日本語で全話見たいところ。

 エピソード6「Le Grand Veneur」は「ジェヴォーダンの獣」とも関連があるらしい。うう、見たい。
 『ロワイヤル通りの悪魔憑き』には新大陸の酋長の息子ナカンダが登場するし、フランス映画「ジェヴォーダンの獣」にも同様に新大陸のインディアンが出てきたのを彷彿とさせる。

 探したけど、日本版DVDの発売もなし、動画配信もなし。かといってフランス語版だと、18世紀のフランス語を聞き取れるか不安。脚本は視聴者に分かりやすいフランス語で書かれているらしいが、やはり日本語字幕が欲しい。

fr.wikipedia.org

 ちなみに、「ニコラ・ル・フロック」シリーズはバンドデシネになっている。この絵柄なら、日本でも受け入れられそう。

 

 類書を紹介。
 フランス革命前のパリ警察を描いたミステリ。日本人作家によるもの。

 

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