横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

文芸ピープル 「好き」を仕事にする人々

『文芸ピープル 「好き」を仕事にする人々』
辛島デイヴィッド  講談社

 

 この著者の別の本(下記リンク)が面白かったので、この本も読んでみた。

iledelalphabet.hatenablog.com

 村上春樹以降、日本の作家、とりわけ女性作家の作品が英訳されているという。以前から英訳されていたのだが、近年その熱量とペースがどんどん高まっていると。本書に出てくる名前をいくつか挙げると、村田沙耶香小山田浩子川上未映子川上弘美西加奈子、松田青子などなど。

 理由はいくつか考えられる。
 村上春樹の成功で、英語圏の出版社が「次のムラカミ」を探すようになったこと。曰く「お国にもっとあなたのような方はいませんか現象」。
 小説以外のアニメ、ゲームといったメディアに登場する強い女性たちの影響。
 
 また、日本に限らず翻訳作品が求められる背景に、編集者が英米の大学の創作科を回って新人作家を発掘するよりも、既に母国で芥川賞受賞などの「実績」がある作家の本を出す方が簡単だし、実力の面で間違いがない。そんな事情がある。

 ちなみに村田沙耶香の『コンビニ人間』の英語タイトルは、いくつか案が出たが、最終的に『Convenience Store Woman』になったという。個人的には、「ホモ・サピエンス」をもじった『Homoconvenience』に一票を投じたい。


 英米での受け入れ方も、以前とは違う。かつてはアジア人女性作家の本は、表紙にアジア人女性が描かれ、「エキゾチックな花」扱いだったが、近年は女性の姿を描かない。作品の世界観やキーワードをデザインしているのだ。
 ふと「エキゾチックな花」と聞いて、英語で出たアジア系女性の本で思い出したのは、エイミ・タンの『ジョイ・ラック・クラブ』。書影を画像検索すると、英語版では中国系女性をイメージしたであろうデザインだった。

The Joy Luck Club

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 対して、新しい日本人女性のイメージとして思い浮かべたのは、英国で活躍する日本人歌手リナ・サワヤマの「STFU!」のミュージックビデオだ。「ニューズウィーク」誌のコリン・ジョイスの記事から引用する。ビデオでは、英国人男性と日本人女性(リナ・サワヤマ)がデートをしていて、男は「無自覚に侮辱的な発言をしては女性の話を遮る」。

リナ・サワヤマ、イギリスを熱狂させる2つの才能、2つのルーツ

 別に、すべての欧米人男性がアジア人女性に対して無礼に振る舞うわけではないが、これまで「おとなしい」「物静か」「反論しない」と(勝手に)思われていただろう日本人女性が反撃する様は痛快だ。


 芥川賞受賞作である村田沙耶香の『コンビニ人間』は、英語圏でもかなりの売上を見せたという。あちらの出版社は「ネクスト村上」ならぬ「ネクスト村田」を待ち望んでいるかもしれない。


 以下、余談。
 本書にも出てくるが、英国の大学・大学院の創作クラスを卒業しても、全員が作家として成功するわけではない。そこから編集者の道へ進んだ人もいる。独立系出版社の若手編集者の奮闘ぶりを読んで、「ああ、やっぱり自分も出版社で働いておけば良かった」とかすかに後悔した。といっても、簡単には入社できないけど。
 巡り巡って今、出版翻訳やリーディングだのを仕事にしているので、出版社で実務面を経験しておきたかったなと。編集とかマーケティングとか。

 例えるなら、ペット・ショップ・ボーイズのニール・テナントが「スマッシュ・ヒット」誌で働いた際に、音楽ビジネスの実務を経験したように。彼は後に音楽を発表する側になるのだが、この時の経験が役に立ったと自著で語っていたのだ。

 産業(実務)翻訳の方では、翻訳会社で働いたことで業務の流れだったり、校正技術を磨いたりできて、それがフリーランスになってから役に立ったんだけど。出版翻訳にも片足突っ込むことになるなら、アルバイトでいいから、一度出版社でフローを経験したかった。どうやって企画を選定し、どうやって出版を決定するのか、どうやって本を売り出すのか――。