横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

パリの調香師 しあわせの香りを探して

f:id:Iledelalphabet:20210121152123j:plain

「パリの調香師 しあわせの香りを探して」Les Parfums

監督:グレゴリー・マ―ニュ
主演:エマニュエル・ドゥヴォス

<あらすじ>
 アンヌ(エマニュエル・ドゥヴォス)は、かつてディオールの香水「ジャドール」をはじめ数々の名作を作った天才調香師。しかし4年前、仕事のプレッシャーと忙しさで、突如、嗅覚障害になり地位も名声も失ってしまった。嗅覚が戻った現在は、企業や自治体の地味な仕事だけを受け、ひっそりと暮らしていた。

  運転手として雇われたギヨームは娘の共同親権を得るため、新しい住まいや仕事が必要だった。ギヨームにも匂いを嗅ぎ分ける才能があることに気付き、衝突しながらも協力して仕事をこなしていくように。やがてアンヌは再び香水を作りたいという思いを強くするが、突然また嗅覚を失ってしまう・・・。


 エマニュエル・ドゥヴォスはキャリアが長い名女優で、私が過去に見た映画の中だと、アルノー・デプレシャン監督作品の常連、という印象。マチュー・アマルリックと3回も(元)パートナー役を演じている。「ココ・アヴァン・シャネル」とか、日本でも公開されるフランス映画によく出演している。

 アンヌは調香師の仕事に没頭し、人づきあいもせず、まだ日本なら「職人かたぎ」とポジティブに言われそうだが、フランスだと変わり者扱いになってしまうのか、代理人ジャンヌは仕事のためもあるが、無理やりアンヌを外に引っ張り出そうとする。ジャンヌの誕生日パーティーに渋々顔を出すが、アンヌは運転手であるギヨームに男友達のふりをしてもらい、同伴する。欧米の「カップルで参加すべし文化」って、面倒だよね……。

 嗅覚が敏感なために、泊まるホテルのシーツや枕カバーも変える徹底ぶり。嫌いな匂いというのもあるだろうが、刺激を避けるためというのが一番だろう。香水大国フランスだと、男も女も、高級品から安物まで香水をつけているから、普通に街を歩くだけでアンヌには刺激が多そう。他のジャンルに例えるなら、絶対音感の持ち主が街を歩くと、物音が全部音符に置き換えられるような感じか。

 ギヨームの影響で、最初は仏頂面だったアンヌも、最後の方ではかすかに笑顔を見せるようになる。ギヨームも、元妻と離れて暮らす娘の誕生日祝いをどうすればよいか分からず、アンヌに相談する。また、アンヌを手伝ううちに香りに興味が出てきて、キットを買ってくるところが良い。

 

 エマニュエル・ドゥヴォスもインタビューで話していたように、この映画の魅力であり「新しい」ところは、アンヌとギョームが恋愛関係にならないところだろうか。二人は仕事で協力することになるが、願わくばこのままであってほしい。というのも、フランス映画にせよ、ハリウッド映画にせよ、男女が出てくると、最後は恋愛関係に……というのがお決まりのパターンで、こちらはもう、そういう展開には辟易しているのだ。

 ギヨームが刈りたての芝の匂いで子供時代と父親を思い出すのが「プルースト体験」かも、と思った。プルーストの『失われた時を求めて』で、紅茶とマドレーヌから主人公が少年時代を思い出すのだ。あれは一見、味覚にまつわる思い出のようだが、同時に主人公は紅茶と焼いたマドレーヌの香りもかいでいたはずで、嗅覚にまつわる思い出でもある。

 「プルースト体験」については、こちら。 

iledelalphabet.hatenablog.com

 インターネットで映像や音を送れるようになったが、香りも送れたらいいのに。映画を見ながら「どんな香りだろう」と、想像をかきたてられた。

 

【関連記事】

同じく、ディオールが全面協力している

iledelalphabet.hatenablog.com