横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

ジョーンの秘密

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「ジョーンの秘密」Red Joan
監督:トレヴァー・ナン
出演:ジュディ・デンチソフィー・クックソン

 

<あらすじ>
 2000年のイギリス。夫に先立たれ、一人暮らしの老女ジョーン・スタンリー(ジュディ・デンチ)が突然MI5に逮捕される。それも半世紀前、旧ソ連KGBに原爆開発の機密を渡したスパイ容疑で。弁護士である息子は「信じられない」と驚くが、捜査が進むうちに、ジョーンの過去が次々と明らかにされる。
 発端は1930年代、物理学を学んでいたケンブリッジ大学で、ロシア系ユダヤ人のレオと出会ったことだった――。

 

 映画を見終えての印象は、終盤の劇的な逃避行もあってか、スパイ映画というよりラブロマンスだった。最初は地味なリケジョだったヒロインが、若きイケメンのレオに愛され、さらにイケオジ上司のデイヴィス教授にも愛される、モテモテぶり。

 レオ役のトム・ヒューズはドラマ「女王ヴィクトリア」でアルバート役を演じている。レオは、ジョーンを本気で愛しているのか、単に利用しているのか、最後まではっきりしないミステリアスだが面倒な男。ジョーンが自分の友達だったら「そんな男、やめとけ」と言うと思う。

 また、思いを寄せてくれるデイヴィスに対してジョーンは「不倫は嫌」と言っているが、離婚成立前のデイヴィスと関係を持った後なので、「何を言っているんだ???」

 時代が時代なのでケンブリッジ卒の才媛であるジョーンは、<チューブ・アロイス>計画に研究者ではなく秘書として採用されるが、物理学の素養がある彼女をデイヴィスは助手格に扱ってくれる。最後に真相を知っても、彼の愛情は変わらない(えええっ!?いいのかそれで)。

 ね、ラブロマンスでしょ?


 女子寮で知り合ったソニアがジョーンを集会に連れて行き、いとこのレオを主人公に紹介するが、関係者は皆、ソニアの手のひらの上で転がされていたのだろう。レオもそうだし、ジョーンもそう。どなたかのレビューで「ソニアはわざとジョーンに近づいたのでは?」という指摘があり、その説にとても惹かれる。ジョーンは物理学科で唯一の女子学生らしく(研究室の場面で他の女子が全然出てこない。他にも女子がいたら、絶対つるんでいるはず)、おそらく友達もいなかったと思われる。

 卒業後外交官になったウィリアムも、もしかするとソニアに利用されていたのでは、と勘ぐってしまう。そうじゃないと、ソニアが例の写真を持ってた理由の説明がつかないし、利用していないにしても、何かの機会に写真を切り札として使おうと思っていた可能性はある。

 ジョーンの情報の盗み方は、秘書の立場を利用したもので、タイプライターで文書を複製したり、小型カメラで図面を撮影するというもの。警察の手入れが入ると、女性ならではの方法でカメラを隠す。男性警官ばかりだったからできた方法で、婦人警官がいたらアウトだった。おそらく警察に「スパイのような大胆なことをやるのは男だろう」というバイアスがあったのだろう。

 若い頃のジョーン役は「キングスマン」のソフィー・クックソンが、現代のジョーン役は大女優ジュディ・デンチが演じており、短い出演でも、要所要所で観客に爪痕を残す。


 ジョーンにはモデルとなった実在の人物がいた。メリダ・ノーウッドという女性である。彼女の実話が「Red Joan」という小説になり、さらに映画化された。

ja.wikipedia.org

 メリダサウサンプトン大学を中退しているが、ジョーンはケンブリッジ大学で物理学(原爆開発につながる)を学んでいる。おそらく、「ケンブリッジ・ファイヴ」と呼ばれた共産主義スパイのことが念頭にあって変更されたのだろう。

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 ドラマ「刑事フォイル」でも見たが、1930年代、オックスフォード大学にもケンブリッジ大学にも共産主義に傾倒する学生が少なからずいて、中には「ケンブリッジ・ファイヴ」みたくスパイになった者もいた。

 ただし、映画のジョーンとは違い、メリダは父親が社会主義者だったり、ロシア系の夫が終生共産主義者だったり、周囲の環境が「赤く」染まっていた。国外に逃亡することもなかった。彼女がスパイとして東側に情報を流したのは「西側と東側で均衡をとるため」という動機だが、結果的に核戦争が回避されたのはメリダ(映画ではジョーン)のおかげだったかについては、疑問符がつく。

 第二次世界大戦中は、米国が力を強め、プレゼンスを高めていった時代でもある。19世紀の大英帝国から没落しつつあった英国には、米国と協力しつつも複雑な感情があった。「米国より先に原爆を開発したい」というデイヴィスの台詞によく現れている。


【自分用メモ】

cineref.com

トム・ヒューズ出演作

iledelalphabet.hatenablog.com

 この映画は日本では昨年劇場公開されたのだが、気づいたら終わっていて、今回Amazon Primeで視聴。せっかくなので、他にもAmazon Primeで見てみようかな。