横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店

シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店」Shakespeare and Company
シルヴィア・ビーチ 中山末喜訳 河出書房新社 

 以前、「夢の本屋を巡る冒険」という番組を見た。フランス編では、パリにある「シェイクスピア・アンド・カンパニー書店」(以下、本文では番組に合わせた表記)を紹介していた。

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  本書では、初代店主の米国人女性シルヴィア・ビーチが、この書店の思い出を振り返る。

 「シェイクスピア・アンド・カンパニー書店」は、いわゆる「パリのアメリカ人」たちの文化的拠点となり、ガートルード・スタインのサロンに負けない文学サロンだった。はるばる渡仏してきた米国人作家だけでなく、フランスの作家・詩人たちとも交流を持ち、橋渡しをしてきた。たとえば、読者がある本を気に入り、その作家がパリにいると、仲介の労をとったのだ。

 番組でサラっと紹介されていたエピソードが、詳しく読むとなかなかすごい。

 たとえば、ジョイスの『ユリシーズ』をこの書店から刊行した話。英語圏では道徳上の理由から出版が認められず、奇しくもフランスにある英語書店である「シェイクスピア・アンド・カンパニー書店」が引き受ける。ただの出版社ではなくエージェントも兼ねており、シルヴィアはジョイス一家の面倒を見るために奔走する。経済面でもサポートする。

 印刷資金を集めるため、予約購読制にしたのだが、フランスから米国や英国に着いた本は港で没収され、焼却処分に。そこで一肌脱いだのが作家のヘミングウェイ。カナダなら没収されないということで、現地の友人の協力で、カナダから米国へ何度も往復して本を「密輸」したのだ。

 『ユリシーズ』の成功を見て、他の出版社で断られた作家や関係者が「この原稿も出版してくれ!」と、急に書店に押しかけてくる。だが、出版事業は本来の仕事じゃないし、あくまでジョイスの才能を惜しんで出版を引き受けただけなので、当然ながらシルヴィアは断る。なにしろ、ジョイスという作家一人の面倒を見るだけで精一杯なのだ。

 海賊版の横行を機に、ようやく『ユリシーズ』は大手出版社ランダムハウスから正式に出版されることになる。シルヴィアとジョイスの協力体制も終わる。寂しいのではないかと思うが、シルヴィアの文章からは、どこかほっとしている様子もうかがえる。長年ジョイスに振り回されて、疲れたのだろう。

 1930年代には、世界恐慌のあおりで、この小さな書店は財政的危機を迎える。恐慌が起こる前から、ジョイスに相当な額を出資していたというのもあるが。そんな時、アンドレ・ジッドやヘミングウェイなどが朗読会を開催したり、助けてくれた。いかにこの小さな書店が愛されていたのかという証拠だ。


 フランスがナチス・ドイツに占領された1941年、書店は閉店されるのだが、そのきっかけとなったのは、なんとジョイスの本。ウィンドウに飾られた『フィネガンズ・ウェイク』(本の中では『フィネガン徹夜祭』)初版本をドイツの将校に見つかり、売ってくれと言われたがシルヴィアは断る。それを機に、彼女は捕虜収容所に6ヶ月も収容されてしまうのだ。解放されても、いつまた収容されるか分からない。戻ってくると、仲間の協力で女子学生寮にかくまわれ、パリ解放までそこで暮らす。

 1944年、パリの街を解放するアメリカ兵が現れ、ドイツ兵が姿を消しつつあったが、書店のあるオデオン通りにはまだ残党がいた。シルヴィアの前に現れたのは、ヘミングウェイ。「あの建物の屋上にいるナチを追い払って」と頼むと、ヘミングウェイは快諾し、仲間と共に屋上へ――。

 ジョイスでピンチに陥り、ヘミングウェイに助けられる。それも2度も。

 このエピソードは、むしろEテレの「ドキュランドへようこそ」で扱ってほしい話だな。


 日本人の名前(サトウ・ケン、ヤマダ・キク)も出てくる。「花の都パリ」と呼ばれた時代、世界からさまざまな芸術家を引き寄せたのだ。

 作家トーマス・ウルフや編集者パーキンズの名前も出てくる。

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