横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

「刑事マードックの捜査ファイル」とラカサーニュ

f:id:Iledelalphabet:20200917181511j:plain

 「刑事マードックの捜査ファイル」は、19世紀末の英植民地時代のカナダを舞台にした刑事ドラマ。科学捜査を行っているため、「シャーロック・ホームズ」と「CSI:科学捜査班」が融合したドラマと言われる。

ja.wikipedia.org

 実在の有名人がゲストで登場するが、シーズン1では2回ほど、「シャーロック・ホームズ」の生みの親である作家アーサー・コナン・ドイルが登場した。少し前、Gyao!で動画が配信された際に、時間がなかったのでその2回(4「死者からの伝言」、9「腹話術師の明と暗」)だけ視聴。

 カナダ・トロント警察の捜査になぜか部外者のコナン・ドイルも参加し、主人公マードックたちと一緒に行動する。「死者からの伝言」の回では、「発射された弾丸の照合法を開発した」人物として、コナン・ドイルはフランス人のアレクサンドル・ラカサーニュ教授のことに言及していた。

 

 ラカサーニュの名前を聞いて「キタ━━(゚∀゚)━━!」と喜んだのは、ここだけの話。

 アレクサンドル・ラカサーニュ(1843-1924年)は、リヨン大学医学部の教授で、一流の法医学者だった。「フランスのシャーロック・ホームズ」と呼ばれた犯罪学者エドモン・ロカールの恩師でもある。

f:id:Iledelalphabet:20200917181935j:plain


 ラカサーニュは、弾丸についた線条痕が発射された拳銃やライフルに固有のものであることを、犯罪捜査に応用した。これによって、犯行現場や、被害者の体内に残された弾丸が、どの拳銃やライフルから発射されたかが特定できるようになった。

 ラカサーニュのことを日本語で検索するとあまり出てこず、しかし英語だと、なぜかイタリアのロンブローゾとセットで語られているようなので、簡単に説明を。

 19世紀末、イタリアの精神科医・犯罪人類学者のチェーザレ・ロンブローゾが「生まれながらの犯罪者」説を唱えた。ざっくり言うと、犯罪者は生まれつきの骨格や顔つきといった身体的特徴に「最初から犯罪者の特徴が備わっている」という、偏見に満ちた説。当然、発表された当時から、反対意見が多かった。このロンブローゾの派閥を「イタリア学派」と呼んだ。

 ロンブローゾに反論した筆頭がラカサーニュやフランス人科学者たちで、「フランス学派」とか「リヨン学派」「ラカサーニュ学派」と呼ばれた。人が犯罪者になるのは、「育った環境や社会の影響が大きい」と反論した。

 英語のWikipediaだと「ラカサーニュ学派」が「Lacassagne school」と表記され、機械翻訳で「ラカサーニュ学校」なんて訳されてしまっている(!)が、「school」は仏語「école」の英訳で、日本語だと「~学派」のことである。

 

 ラカサーニュは法医学者として、刺青の研究をしたり(シャーロック・ホームズのように!)、リヨン周辺で重大犯罪事件が起これば検死も行っている。有名なのは「ミルリーの血まみれトランク事件」で、ほとんど手がかりのない状況で被害者の身元を特定したことや、テロリストに暗殺されたフランス大統領サディ・カルノーの検死だろうか。

 教室で理論を教えるのではなく、とにかく「現場の人」「実践の人」だったという。エドモン・ロカールや他の弟子たちに、良い影響を与えたのは間違いない。


 英国では、コナン・ドイルエジンバラ大学医学部で恩師ベル博士と出会い、多くを学んだ。後に「シャーロック・ホームズ」のモデルになったベル博士は、犯罪捜査の場に呼ばれたこともある。この師弟コンビを主役に、英国ではドラマ「コナン・ドイルの事件簿」(Dr. Bell and Mr. Doyle Murder Rooms)が製作された。 

 

 フランスでも、その気になれば作れそうだな。ラカサーニュ教授と若きエドモン・ロカールの師弟コンビが活躍するドラマ。それもただのミステリドラマではなく、科学捜査で謎を解くドラマを。


 以下、余談。
 ラカサーニュもエドモン・ロカールも、世界の犯罪捜査を書いた本に名前がちょこちょこ出てくる。ただし、原書が英語なので、作者はフランス語から英訳された資料を読んだらしい。そうなると、元ネタがフランス語 → 英語 → 日本語となっているせいか、一部の本では「なんじゃこりゃ!?」な記述が見られる。やっぱり重訳って、危険!