横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

旅のつばくろ

『旅のつばくろ』
沢木耕太郎  新潮社 

旅のつばくろ 電子オリジナル版

旅のつばくろ 電子オリジナル版

 

 

 『深夜特急』に代表されるように、沢木耕太郎さんといえば海外の旅、というイメージが強いかもしれない。本書は、仕事だったりプライベートだったりで国内を旅した時のことをつづったエッセイ。JR東日本の社内誌「トランヴェール」に掲載されたもの。

 

 若い頃に目指してたどり着けなかった目的地に、60代になってから行ってみるが、思っていたのと違う。少年または青年の感性と60代の感性の違い、その数十年の間に日本の観光地がきれいに整備されてしまったことなど、大きな変化がある。どうしても「あの時、ここに来ていたら……」と思ってしまう。そんな旅の後悔と好奇心、誰にでもあるかもしれない。


 「兼六園」では、若手の頃に取材した旧前田公爵家出身の酒井美意子さんの話が。「ざーます」の言葉に辟易したのと、まだ沢木さんも駆け出しだったため、あまり深い質問ができなかったとか。世が世であれば、この女性は加賀百万石の大名家のお姫様だった。だが、敗戦を機に、戦後没落する華族が多かった中、米軍の高級将校や成金が集まる社交クラブを経営して、苦境を乗り切ったというから、ただのなよなよしたお姫様ではない。

 目黒区駒場にある旧前田侯爵邸は、見学に訪れたことがある(こちら)。酒井美意子さんの伝記を読んでみたら、あの館で繰り広げられた外交の世界を垣間見られるだろうか。あの建物の歴史をより深く理解できるだろうかと、ふと思った。


 「葉桜の季節」には、東京在住の境遇がどれだけ恵まれているか、気づかないという話が。

 東京には東京以外の住人を羨ましがらせるほどの美術館や博物館がありながら、そしてそこまで貴重な展覧会が催されているにもかかわらず、当の東京の住人はほとんど無関心のまま見過ごしてしまう。正直に言えば、私もそうしたひとりで、東京に住んでいることの特権をほとんど行使していない。 

 これぞ「生粋の東京人」あるある。東京のものに恋い焦がれるのは、むしろ田舎者だ。

 東京在住に加えて、沢木さんは東京生まれ・東京育ちである(先祖も、3代以上東京に住む)。関東の田舎に生まれ育った私には、子供の頃から文化的に「いいもの」に接する機会に恵まれていた沢木さんが、羨ましくてならない。美術館、博物館だけでなく、大きな本屋、図書館、映画館、コンサートホールなども加えたい。


 「臨海と林間」には、千葉県の岩井海岸が。沢木さんは小学校の臨海学校で訪れ、最近になって「何十年かぶりで」再訪。さすがに印象が大きく変わっていた。

 岩井海岸の近くには、保田海岸という場所があり、私にとってはここが沢木さんにとっての岩井海岸のようなものかもしれない。海なし県・埼玉から、毎年夏休みには家族で車で保田を目指し、民宿に泊まっていた。二泊三日の旅で、2日目には鴨川シーワールドとか行川アイランドとか鯛の浦とか、ある年は岩井海岸にも行ったのだ。夜には土産物店で、貝殻でできた雑貨を買ってもらった。

 大人になった今では海水浴はやらないけど(日焼けしたくない!)、保田にはまた行ってみたいなという気持ちがずっとある。新しくできた菱川師宣美術館や、お魚のおいしい食堂へ行くとか、子供の頃には行かなかった鋸山に上るとか、海には入らない観光になるだろうけれど。家族を連れて行ったら、皆どんな感想をもらすだろう。


 「書物の行方」は、信濃追分堀辰雄文学記念館が出てくる。近くの古書店で「番頭さん」から、古書業界全体が供給過剰になっているという話を聞く。60~70代の男性(あれ、女性収集家はいないのか?)が本を処分しようとしていて、「断捨離」のためだろうと推測される。沢木さんは書いていないが、おそらく「終活」もあるはずだ。

 なんだかものすごく納得が行く話だ。
 以前、JSHCでは、年配の会員や、物故した会員のご家族が会報に「蔵書を譲ります」という告知を載せていた。でも、最近は告知を見なくなった。

 去年のことだが、何年か年賀状をやりとりしていたタカシマさんという80代の会員さんが「退会しました。会報を初号から全部持っているので、欲しい方に譲ります」と、年賀状に書いてきた。そこで、会報の編集委員会に「かくかくしかじかで、告知を載せたい」とメールしたところ、今ではそのような譲渡の告知は載せていないという返答が。

 この会も高齢化が進んでいる。若い人に蔵書や昔の会報を譲りたいという先輩は、少なくないのだろう。いちいち仲介したり、告知を載せていたら、きりがないのかもしれない。

 もう一つ、思い出したことがある。実家に置いてある蔵書を、必要に応じて現在住む賃貸マンションに運んで来たり、古本屋に持って行くのだが、「え!」と思うことがあった。分野によって古本屋を変えているが、去年、神保町に純文学の本(若い頃、大学院に行こうかと逡巡していた時に買った専門書)を売りに行ったら「ああ、この作家さんの本は、市場に溢れている状態でしてねえ」と、買取を断られてしまった。今思うと、まさに前述の「60~70代の」読者がいそうな作家だ。


 沢木耕太郎さんの本を読むと、こちらも記憶を刺激される。まるで会話のように、「あの時はこうだったな」という思い出が、どんどん蘇ってくる。

 この先、私は沢木さんにインタビューされる立場にはなれそうにないが、こういう方に的確な質問を投げられたら、素晴らしい自伝とか出来上がりそう。私みたいな場末の翻訳者であっても。

 というより、私の方が本を持参して「せっかくなので質問してもいいですか?」と、沢木さんに逆インタビューしそうだ。

 

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