横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

母との約束 250通の手紙

「母との約束 250通の手紙」La Promesse de l'aube
監督:エリック・バルビエ
出演:シャルロット・ゲンズブール、ピエール・ニネ

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 作家ロマン・ガリの自伝的小説『夜明けの約束』の映画版が、日本でも公開された。母親役はシャルロット・ゲンズブール、息子のロマン役(大人になってから)はピエール・ニネ。

 

 雪が降りしきるポーランドヴィルノ。ロシア出身のニーナは、女手一つで息子のロマンを育てている。息子には、将来「大使になれ」「パイロットになれ」「作家になれ」と壮大な期待をかけまくる。やがて親子は南仏ニースに移住し、ロマンは小説を書き始める。その矢先、第二次世界大戦が勃発する。


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 フランス版の予告には画家ザレンバも登場していて、ニーナとのロマンスの予感もあったけれど、日本版の予告には登場せず、ひたすら母子の物語であることを強調している。そもそも邦題が「母との約束」だし。原作と同じ「夜明けの約束」でも良かった気がするが。

 『夜明けの約束』が執筆されたのは、ロマン・ガリ夫妻がメキシコシティー滞在中のことだった。傍らにいる妻のレスリー・ブランチによって、執筆中の『夜明けの約束』が発見されるという構成。それだけに最後の場面で、愛する女性(妻や恋人)の腕も、母の強い愛にはかなわないという台詞に強い説得力が出てくる。

 最初の妻レスリー・ブランチ(作家)も、2番目の妻ジーン・セバーグ(女優)も、ロマンの母ニーナには会っていない(幸か不幸か)。どちらも違うタイプの素敵な女性だが、それでもロマンにとっては母の愛の方があまりに強すぎて霞んでしまったということか。


 原作との相違を細かく覚えてるわけじゃないけど、映画用に多少の脚色(変更)が入ってる。

 空軍で、士官になれず落胆するロマンに、上司が「お前は帰化したばかりだし、ユダヤ系だからだ」と理由を教えるのだが、続けて「スパイ扱いされないだけマシだ」と言う。フランス語の台詞では「ドレフュス」の名前が聞こえた気がする。「ドレフュス事件」でスパイ扱いされた陸軍のユダヤ系将校ドレフュス大尉のことだ。彼と同じ目に遭わなかっただけマシだろ、と。


 映画は2時間ほどに収めるため駆け足気味で、原作のあの台詞やこの台詞を圧縮、省略してしまい、少々物足りない。映画だけ見たという人には、ぜひ原作も読んでもらいたい。ニーナがただの強烈な毒母ではなく、ものすごい愛情の塊だったことが伝わるので。


 フランス語版Wikipediaによると、母親役の候補にオドレイ・トトゥも挙がっていたらしい。黒髪だし、強い女性の役も合う。シャルロット・ゲンズブールに決まった理由は定かではないが、やはり祖父母がニーナと同じく、フランスに亡命したユダヤ系ロシア人だったのが決め手だろうか。たくましい印象のニーナ役を演じるには、シャルロットだとちょっと線が細い感じがしたけれど。オドレイ・トトゥが演じたら、まったく違う印象になっただろう。ちなみにオドレイは「海へのオデッセイ ジャック・クストー物語」でピエール・ニネと親子役を演じている。

fr.wikipedia.org