横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

セーヌ川の書店主

セーヌ川の書店主』
ニーナ・ゲオルゲ  集英社 

セーヌ川の書店主

セーヌ川の書店主

 

 パリ、セーヌ川に浮かぶ船の書店<文学処方箋>。店主のジャン・ペルデュは、客にぴったりの本を選ぶ能力の持ち主。アパルトマンの住人にも、本をお勧めする。本の力で周囲を幸福にしているのに、本人はそうではない。身ひとつで引っ越してきた隣人のカトリーヌのために、不用品のテーブルを譲ったことがきっかけで、彼の人生は思わぬ展開に――。

 

 登場するのはいずれも、愛すべき「不器用な人たち」ばかり。ジャンの姓ペルデュはそもそも「失った、敗北した」の意味だし、大ヒット作家マックス・ジョルダンは、急に売れっ子になった自分と折り合いがつかない。次作へのプレッシャーや人々の目が怖くて、同じアパルトマンに住むよしみで、ジャンの船に入り浸る。ある日、その「逃げ場」である船が、ジャンの気まぐれで岸辺を離れようとしているのを見て、慌てて飛び移る。もちろん、旅には書店の看板猫「カフカ」と「リンドグレーン」も一緒だ。

 訪れる先で、ジャンが憧れの作家オルソンに会ったり、思いがけずイタリア人のクーネオが転がり込んできたり。ジャン自身が救われた小説で、さらにはスランプのマックスに読むのを勧めた小説の作家サナリーを探したり、小さな事件が起こる。南仏を目指すのは、ジャンがかつて愛した女性マノンの古い手紙がきっかけだが、この旅路は彼自身の心を深くえぐる。他人のことは本によって魂を救ってきたのに、自分自身には向き合わず、カトリーヌに譲ったテーブルをしまった部屋も長年閉めたままだった。それがパリを離れ、風光明媚な土地を訪れるうちに、心が解放されていく。

 南仏ではマノンの家族にも会うが、夫リュックはある意味ジャンと似ている男性。かたや都会、かたや南仏で育ったという違いがあるけれど、マノンはなぜ夫と違うタイプの男性を愛さなかったのか。


 原作はドイツ語だが、フランス語なら船は「ペニッシュ」のことだろうな。よく、セーヌ川に係留されてぷかぷか浮いている。ちゃんと電気や水道も使えて、生活に耐えうる。なんなら実際に暮らしている人もいる。街を離れたいと思ったら、船ごとふらっと別の港へ行ってしまえばいい。その自由さがとても羨ましい。

 テレビ朝日の「ビフォーアフター」パリ編にも出てきたし、堀江敏行さんの小説にも、パリの船が舞台の作品があったと思う。

 その昔、ブルゴーニュTGVで通過した時、運河が線路と平行に走っていて、船も見かけた。もちろん、レジャー、観光用の船だ。ローヌ川よりずっと細い水路だけれど、鉄道や道路ができる以前は、ああやって船で移動していたのだろう。


 フランスのジャン・ペルデュではないが、日本にも「本のソムリエ」と呼ばれる書店主がいるという。意外な良書、見逃していた良書を教えてくれる気がする。

 

 お勧め本の中に、『優雅なハリネズミ』(記事はこちら)が入っていた。