横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

ロケットマンの憂鬱

ロケットマンの憂鬱」Lajko – Gypsy in Space
監督:バラージュ・レンジェル
主演:タマーシュ・ケレステシュ
2018年 ハンガリー映画

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上映作品:ロケットマンの憂鬱/Lajko – Gypsy in Space|SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2019

 SKIPシティ映画祭で、ハンガリー映画を鑑賞。この映画祭で過去に紹介されたハンガリー映画が、なかなか面白かった。今回はブラックコメディということで、期待が高まる。

 第二次世界大戦が終わり、米国とソ連で宇宙開発を競っていた1957年、ソ連のバイコヌール宇宙基地から打ち上げられたスプートニク2号は、犬のライカを乗せていたが、この映画では、ライコという男性を乗せていたという設定に! つまりソ連は、かの「地球は青かった」で知られるユーリ・ガガーリン以前に、有人宇宙飛行実験を行っていたということに。

 

 <ストーリー>
 ハンガリーのロマ(ジプシー)であるライコは、子供の頃から空を飛ぶことに憧れていた。自家製ロケットを作ってしまうほど、大空に、宇宙に憧れていた。だがロマとして差別される彼は、普通のハンガリー人のように、空軍に入りパイロットになるなんて、夢のまた夢。

 ハンガリー動乱の起きた日、気球に乗って森の上を飛んでいたが、ソ連軍に捕まってしまう。処刑されると思いきや、なぜか宇宙飛行士として大抜擢され、バイコヌールへ送られることに。喜んだのも束の間、他にも候補生がおり、訓練をへて競争に勝たなくてはならない。他の3人は、エストニアの革命主義者、モンゴルの僧侶、元ヒトラー・ユーゲントの一員だったドイツ人女性(第二次大戦中にソ連の捕虜となる)と、ロマであるライコも合わせると、正直、ソ連が選抜したエリートとは言い難い面々ばかり。

 ブレジネフ(後に書記長になる)が視察に訪れ、4人の候補者たちは競争を行い、脱落者が出て、最終的にドイツ人のヘルガが宇宙飛行士として選ばれる。唯一の女性であるヘルガに、ライコは声をかけるが、元ヒトラー・ユーゲントの彼女は「ロマなんて」と無視しまくり。だが、プールで溺れた彼女を助けたのを機に、徐々に話をするようになる。

 バイコヌール宇宙基地では、これまで動物を宇宙へ送り出してきた。しかし、書斎のファイルには、ライコたち以前に有人飛行を行ってきた記録が残っていた。いずれも実験は失敗に終わっていた。ソ連では将来ガガーリンを送り出し、有人飛行を成功させるつもりで、それまでに安全性を確保する必要があった。ソ連の人間ではない、むしろ共産圏だがソ連が目の敵にする国々から候補生が集められたのは、実験目的だったのだ。

 ファイルを見せてヘルガに「逃げろ」と言い、代わりに宇宙へ行くことを選ぶライコ。果たして、彼は無事に生還できるのか――?

 


 もう、ツッコミどころ満載で、何から言おうか。上映後のQ&Aで、監督自ら「ハンガリーソ連に支配されてた時代にこういう映画を撮ったら、逮捕されただろう」と言ったほど。

 宇宙に行った犬のライカのことは、スウェーデン映画「マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ」(ラッセ・ハルストレム監督)で知った。主人公のイングマル少年が、自分の辛い境遇を「でも、あの宇宙に送られたライカ犬よりマシだ」と慰める。子供たちも犬もかわいくて、泣ける映画だった。 

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 ユーリ・ガガーリンも登場する。愛犬を「クドリャフカ」と呼んでいたが、この犬こそがあの「ライカ」だったんでは。ライコにもなついていて、彼を書斎に導くのは、実験のため宇宙に送られるライカ=ライコの象徴だったのでは(ああ、この犬について監督に質問すればよかった! 家に帰ってから気がついた)。

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  この子が「ライカ」。映画では、上の写真の右下に映っている子。

 史実では、この犬が宇宙に行って、地球に生きて帰ってこられなかった。映画の中でも、犬を遠心分離機みたいな機械に乗せて、過酷な実験を行っていた。皆、つぶらな瞳のかわいいワンコばかりでね、映画見ながら「犬ちゃん……!」と呟いてしまったよ。


 ブレジネフのゲイ疑惑。辛うじて、私はブレジネフ書記長時代を知っている。有名なのは、旧東ドイツのホーネッカーとのキス写真ね(ここに貼りたくないの。興味ある人は検索して)。映画では、有名なブレジネフのトリプルキス(相手がおっさんでも誰でも)について、巷のゲイ疑惑を払拭、隠蔽するために発案されたんじゃないかと。

 うん。この映画が昔作られたら、監督の命が危ないわ。

 

 Q&Aで「そうだったのか!」と膝を打ったのは、ライコの表情の変化について。少年時代、自作ロケットの実験で不幸にも母を死なせてしまい、それ以来、彼はまったく表情を見せない若者になった。宇宙を飛行中、亡き母と”再会”し、父親からの伝言を伝えるが、実験で死なせたことを母に謝るのを忘れた。ラストで、収容所にいながらも、「母さんに謝るのを忘れたよ」と、なぜか笑いが止まらない。それは、長年の罪悪感から解放されて、ようやく彼本来の姿になれたから――という監督の回答だった(この質問した人、グッジョブ!)。

 映画祭で鑑賞すると、監督や俳優(フランス映画祭なんかだと俳優も来日する)に話が聞けるから面白い。


 ガガーリンは、その後有人宇宙飛行を成功させ、英雄となったものの、34歳の若さで亡くなっている。映画ではブレジネフに「小人」と呼ばれていたが、ガガーリンは身長158cmと小柄。当時のロケットは小さかったため、小柄な候補生が選ばれていた。

ja.wikipedia.org


 以下、余談。
 映画祭会場となったSKIPシティには、今年の話題作「翔んで埼玉」関連の展示が。埼玉県内各地でもロケが行われた。

iledelalphabet.hatenablog.com

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  「踏み絵」ならぬ「踏みせんべい」。

 

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  埼玉から東京へ渡る時の通行手形!

 

ハンガリー映画の記事】

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