横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

英国諜報員アシェンデン

『英国諜報員アシェンデン』
サマセット・モーム著 金原瑞人訳 新潮文庫 

英国諜報員アシェンデン (新潮文庫)

英国諜報員アシェンデン (新潮文庫)

 

 ちょっと前にグレアム・グリーン、ジョン・ルカレといった、元諜報員だった英国作家の関連本を読んできたが、今度はサマセット・モームに着手。さすがに一気に全部は読めないので(再読を含めて)、書評を参考に、とりあえず「今、読んでみたい」と思ったものから始めた。

 

 サマセット・モームが諜報員として活動していた1915~1917年は、ちょうど第一次世界大戦の最中。『アシェンデン』がどのくらい事実に基づいているかは不明だが、本書はスイスでの任務に始まり、ロシアでの任務失敗に終わる。もちろん、創作も混じっているだろうが。

 スイスの場面を読むと、水面下では各国のスパイたちが暗躍していたものの、戦争中とは思えないなんとも平和な雰囲気に驚く。激戦地となったソンムとかヴェルダンとか、塹壕とかを思うと嘘のよう。あれは大学の仏文科の恩師だっただろうか。「第一次世界大戦は、第二次世界大戦と比べると、まだまだのんびりしたもんだったよ。騎兵がいた、つまり馬に乗って戦場に出ていたんだから」と言っていたのは。


 上司であるRとのやり取りに味わいがある。つい、映画「007」シリーズの歴代のМを思い出してしまったのは、私だけだろうか。

 また、作家であるアシェンデンの人間観察力がすごい。敵味方関係なく、初めて知り合った人物については、好き嫌いを徹底的に排除し、客観的に見ることができる。たとえその相手(女性とか)が取り乱しても、ひたすら冷静に対応する。そういう人物だからこそこの任務に、というより、諜報員に抜擢されたのだろう(そういや、軍医だったモームはどういう経緯で情報部にスカウトされたんだろう。やはり数か国語に堪能だったから?)。

 いけすかない敵側のスパイであっても、妻とは仲が良いところやお人良しなところに気付き、なんでまたそんなスパイ向きじゃない男がスパイなんかやってるんだと、看破してしまう。だからといって、同情はしないのだが。


 地味に見える任務が続いた後、本書の最後は失敗に終わったロシアの任務で締めくくる。かつて本気で愛したロシア美女との再会もさることながら、下手をすると命を落としかねない騒乱が緊張を高める。アシェンデン(つまりはモームだが)らの作戦開始がもう少し早ければ、成功したかもしれない。そうなると、歴史も変わったかもしれない。

 『アシェンデン』でテレビドラマか映画が作れそう……と思ったら、既にヒッチコックが「間諜最後の日」(英:Secret Agent)という題で映画にしていた。さすがにいくつかの短編は人間ドラマなので映像化しても地味だろうと思ったが、「裏切者」と「ヘアレス・メキシカン」が選ばれている。でも、かなり脚色されている。

間諜最後の日 - Wikipedia

 

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