『Les Maîtres du Mystère de Nick Carter à Sherlock Holmes 1907-1914』
Philippe Mellot著 Michèle Trinckvel刊 1997年
以前、こちら(ホームズ、ロシアを駆ける:ホームズ万国博覧会 ロシア篇 - 横文字の島)の記事で言及した仏語本を実家から回収してきた。
序文で「Catalogue d'une bibliothèque-fantôme」と表現しているように、20世紀初頭にフランスで刊行された大衆小説(キオスク小説)のカバー集である。要は、駅のキオスクで気軽に買って読み捨てて……という作品のこと。
ロシア篇の解説で「分冊」と呼ばれていたのは、仏語だと「catalogue」だろう。
本書に収録されている小説のヒーローを挙げておく;ニック・カーター、シャーロック・ホームズ、ナット・ピンカートン、アルセーヌ・ルパン、ルルタビーユ、ムッシュー・ド・パリ(死刑執行人)、怪盗紳士リスター卿、マルク・ジョーダン、トト・フィナール、ジゴマとファントマ、女探偵のミス・ボストンとエセル・キング、ティップ・ウォルター
よく覚えていないけど、表紙がホームズなので本書を買ったのだと思う。ただし、聖典とは無関係のオリジナル作品ばかり。他のヒーローものにも共通するが、表紙が結構グロいのだ。駅のキオスクで買ったなら、汽車の乗客に女性や子供もいるだろうに。ヨーロッパって怖いのう。
ホームズ・シリーズは「Les Dossiers Secrets du Roi des Détectives」(探偵の王者の秘密ファイル)といい、初めからパスティーシュなのは明らかで、この言い回しはジューン・トムスンの『シャーロック・ホームズの秘密ファイル』を思い出させる。また「探偵の王者」の表現は、ルネ・レウヴァンの『シャーロック・ホームズの気晴らし』にも出てきたので、翻訳当時「欧米ではこんな呼び名が通用しているのか」と思った記憶がある。ルーツはこの辺りにあるのかな。
ホームズものは最初にドイツで出版されて、それが仏訳された。なぜかワトソンはHarry Taxonという少年助手に変わっている。主な執筆者はKurt Mutull、Theo von Blankensee。
本書によると、ドイツで発行されたパスティーシュは230作品にのぼるという。シリーズ名も途中で変わっている。
1~10号:Detectiv Sherlock Holmes und seine weltberühmten abenteurer
(仏:Le détective Sherlock Holmes et ses aventures de renommée mondiale)
11~174号:Aus den geheimakten des wely-detektivs
(仏:Issu des dossiers secrets du détective mondial)
175~230号:Aus den geheimakten des wely-detektivs, kriminal-wochwnschrift
(仏:Issu des dossiers secrets du détective mondial - hebdomadaire d'histoires criminelles)
これがフランスに入ってくると、2つのシリーズ名に。
「Les Dossiers Secrets du Roi des Détectives」(~1928年)
「Harry Dickson, le Sherlock Holmes américain」(1929~1938年)
この辺の経緯はWikipediaに出ている(英語)。
要は、ドイツ語版で勝手に「Sherlock Holmes」を使っていたけど、途中から別の名前に変わった。作家Jean Rayが仏語訳を手掛け、ベルギーとフランスでは「Harry Dickson, le Sherlock Holmes américain」(ハリー・ディクソン、アメリカのシャーロック・ホームズ)の題で出回った。
本書は1907~1914年までの作品しか扱っておらず、「Harry Dickson」は続刊の『Les Maîtres du Mystère 1915-1959』で紹介すると書いてあるが、続刊は出ていない。
ドイツ語の原作はイタリア語、スペイン語など、多くの言語に翻訳された。
この後、アルセーヌ・ルパンとルルタビーユの表紙が掲載されてるが、これはちゃんとフランス語原作のまま(当たり前か)。
もう1つ、ドイツ語が原作の「リスター卿」シリーズを紹介しておく。怪盗紳士リスター卿の本名はラッフルズという設定だが、仏語版ではジョン・シンクレアに変えられている。英作家ホーナング(コナン・ドイルの義弟)の発表した本家「怪盗紳士ラッフルズ」に配慮して、とのこと。
Raffles (Lord Lister) - Wikipedia
この辺り、モーリス・ルブランがルパン物語を発表して、勝手に敵役にシャーロック・ホームズを使ったら問題になって、名前をエルロック・ショルメスに変えたという話をほうふつとさせる(昔はこういう確認、きちんとやってなかったのね)。
ドイツ語版の主な執筆者はKurt Matull。ホームズものを書いたのと同じ作家だ。
以前も書いたが、ホームズの「分冊」の仏語版は所有していない。Jean Rayの古本を探したら、Amazonで25ユーロとか40ユーロとかで売ってた。手が届かない値段じゃないけど、新しい文庫本やバンドデシネが出ているので、読むならそっちかな。