横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

パーフェクト・スパイ/寒い国から帰ってきたスパイ

『パーフェクト・スパイ』ジョン・ル・カレ
村上博基訳 ハヤカワ文庫 

パーフェクト・スパイ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)

パーフェクト・スパイ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)

 

 

パーフェクト・スパイ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)

パーフェクト・スパイ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)

 

 ジョン・ル・カレの自伝的小説。ウィーンに勤務する英国の外交官マグナス・ピムの正体は諜報員だった。父リックは詐欺師で、少年時代からマグナスは片棒を担がされていた。ある日リックの訃報が入り、マグナスは単身ウィーンから英国に帰国するが、葬儀の後で行方をくらまし、家族も組織も彼と連絡がつかなくなり――。

 

 解説者の作家・高村薫氏も「読みにくい」と指摘する。それは、マグナスが息子のトムに向けて長い手紙を書くのだが、作中の視点と時制がころころと変わるため。少年時代のマグナスが父の思い出を語る部分、妻メアリーの視点、上司ジャック・ブラザーフッドの視点、マグナスの回想など、正直ついて行くのが辛い。

 どちらを先に読むのが正しいのか分からないが、私は『ジョン・ル・カレ伝』を先に読んでしまったので、リックの描写については作者の実父ルーニーを重ねてしまい、妻メアリーの語る部分は、最初の妻アンを思い浮かべて読んだ。ただ小説中、母親の印象が薄いので、やはり自伝のように、子供の頃に母親が出奔してしまった影響だろう。

 ハンサムなマグナスはとにかく女性にもてるという設定。おそらく作者も……? 自伝で指摘があったように、女性キャラの描写がやや表層的で、観察力のある諜報員だった作者らしくない。


『寒い国から帰ってきたスパイ』ジョン・ル・カレ
宇野利泰訳 ハヤカワ文庫 

寒い国から帰ってきたスパイ (ハヤカワ文庫 NV 174)

寒い国から帰ってきたスパイ (ハヤカワ文庫 NV 174)

 

  主人公リーマスの姿は、『ジョン・ル・カレ伝』で読んだMI5の元現場要員そのもの。その先輩たちは若い頃に第二次世界大戦で華々しい活躍をした。それが戦後は政治体制などの変化もあって、活躍できる場を失い、事務の仕事についたり、窓際族になってしまっている。

 リーマスも、年金受給に期間が足りないという理由で、仕方なく事務仕事をやっている。他の仕事についてもうまく行かず、路頭に迷いかけたところを<サーカス>に拾われる。

 ふと思い出したが、第二次大戦中、ナチスドイツに占領されたフランスでは、レジスタンス活動に身を投じた人々がいた。彼らもまた終戦後、祖国のため愛する人のため戦いに身を投じた日々を、振り返ったりしたのだろうか。

 最初は戦争、その後は冷戦で、チェスの駒のように使われるスパイたち。派手な場面はさほどないが、むしろ地味に任務に従事する姿は、自身元諜報員だったジョン・ル・カレだからこそ描けるもの。

 ジョージ・スマイリーとピーター・ギラムもちらっと登場する。

 

 小説の最初と最後は、ベルリンが舞台。東西冷戦の象徴、チェックポイント・チャーリーとベルリンの壁である。そう、1989年にベルリンの壁が崩壊する以前は、あまたの小説や映画でこんな場面が描かれてきたんだった。当時を知らない若い人には、映画「コードネームUNCLE」(記事はこちら)あたりを見てねと言っておこうか。

 映画にもなっている。邦題は小説と違うが。 

寒い国から帰ったスパイ【字幕版】 [VHS]

寒い国から帰ったスパイ【字幕版】 [VHS]

 

 

 

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  2011年にベルリンを訪れた時、<ベルリンの壁>の跡を見に行った。
  ここもまた、東西冷戦時代の象徴

 

 以下、余談。
 <ベルリンの壁>の跡地の近くにあったカフェに入ったが、どうやらその周辺は旧東ベルリンだったらしい。ドイツ国内では英語がかなり通じて、どこへ行ってもずっと英語で通したが、唯一ドイツ語で話す羽目になったのがこのカフェだった。店員がドイツ語しか話さなかったのだ。

 大昔にNHKドイツ語講座(3回挑戦していずれも3か月で挫折)でかじった知識を総動員したけれど、アイスコーヒーのつもりでEis Kaffeeと注文したら、コーヒーフロートみたいなものが出て来て往生した。

 今のベルリンはアートの街として注目されているが、特に面白いのが旧東側。冷戦時代のアートも面白かったらしい。

 

iledelalphabet.hatenablog.com