夫婦で共同執筆する脚本家・木皿泉のエッセイ集。神戸新聞の連載エッセイのほか、対談、インタビュー、書評、シナリオ講座の再録、脚本も収録されている。脚本執筆の裏話が聞けるかも、と読み始めたが、予想以上に堪能した。
木皿泉さんはものの見方がユニークで、「ああ、そこを切り取ってきますか」という感じ。エッセイ1本を読み終えるのが惜しいほど。私とは一回りほど年齢が違うのに、昔の日本の暮らしや季節の風習を振り返るくだりは、郷愁のようななつかしさを感じてしまった。まあつまり、自分もそれだけ年をとったということだが。
これを読んで思い出したが、そういえば、昔はおもちにカビが生えてしまったものだけれど、最近は個包装や冷凍保存のおかげで、カビなくなったなあ。
ドラマ制作の現場では視聴率のことばかり言われ、視聴率のとれそうな「人気漫画を実写化し尽くしてしまった」という。私はテレビ業界の人間ではないし、普段それほどドラマを見るわけでもないけれど、「そうだろうな」と薄々感じていた通り。人気の小説・漫画の実写化や、過去の作品や海外ドラマのリメイクばっかり。
そんな状況で、「すいか」のような傑作ドラマをよく作れたなあと感動した。恋愛要素はないし、流行の要素はないし、ご飯茶碗に残った梅干しの種みたいな、何気ない日常の愛おしさに気づかされる作品なのだ。そして原作ものではない。放送当時の視聴率は良くなかったそうだが、後からじわじわと人気が出たという。かくいう私も、レンタルDVDで見たくちである。
木皿泉さんの作品は、ドラマ「すいか」を見たのと、小説版『昨日のカレー 明日のパン』を読んだぐらいなのだが、この2作品に惚れてしまった。
「すいか」を見たのは、自分がアパートで一人暮らしをしていて、年齢も小林聡美さん演じる主人公・基子と同じくらいの頃だ。「ハピネス三茶」のような女性ばかりの下宿がとても楽しそうで、また家に帰ったら夕飯のできている暮らしが羨ましくてしょうがなかった。下宿の女性陣や、白石加代子さん演じる母親も素晴らしいのだが、基子の同僚・馬場ちゃん(小泉今日子)の設定が強烈だった。
馬場ちゃんみたく横領事件まで起こさなくとも、平凡なOL生活からの逸脱は、日本みたいな若い女性が報われにくい国で働いてる女性なら、「ちょっとはわかる」という部分もあるだろう。なかなか真似できないけど……。
そうそう、バー「泥舟」が近所にあれば、通ってママに話を聞いてもらえるのに。当時私が住んでた街にもバーや個人経営の居酒屋はあったけれど、常連になることはなかった(金額の問題と、雰囲気の問題で)。
『昨日のカレー 明日のパン』は、もうタイトルが秀逸。毎朝パンを食べる家庭なら「明日のパン、買ってきて」と、おつかいで頼むだろう。昨日のカレーも、鍋いっぱいにカレーを作る家庭なら、二日目のカレーを食べるだろう。
向田邦子さんが脚本を担当したドラマ「寺内貫太郎一家」で、台本に「朝食の献立――ゆうべの残りのカレー」と書いてあったというエピソードを思い出した。奇しくも「すいか」の脚本で、木皿泉さんは向田邦子賞を受賞している。
本書でも、同業の先輩としての向田邦子さんのすごさを、日常の中の出来事や、秘めている部分を掬い取るのが上手いと、著者は称賛している。
今はテレビ番組を見逃しても、ありがたいことに、動画配信サービスで視聴することができる。もう、ドラマ制作者はリアルタイムの視聴率に振り回されずに、作りたいと思うドラマを作ったら良いと思う。