横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男

ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」Darkest Hour
監督:ジョー・ライト
主演:ゲイリー・オールドマン
2017年 イギリス映画

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 英国首相ウィンストン・チャーチルの、第二次大戦前夜の葛藤を描いた作品。本作で主演のゲイリー・オールドマンや、メイクアップチーム(日本の辻一弘さんら)がアカデミー賞を受賞した。

iledelalphabet.hatenablog.com

 ゲイリー・オールドマンの変身ぶりが見事すぎて、チャーチルにしか見えない。唯一、知性と、ただ者じゃない感が現れている青い瞳に「あ、中の人、ゲイリー・オールドマンだわ」と感じる。チャーチルの喋り方も完コピしている。

 夫を"piggy"(子豚ちゃん)と呼んだり、ユーモアセンスのあるチャーチル夫人役をクリスティン・スコット・トーマスが好演。国王ジョージ6世役のベン・メンデルスゾーンも、「英国王のスピーチ」のコリン・ファースとまた違う感じで良い。


 昨年日本でもクリストファー・ノーラン監督の「ダンケルク」が公開されたので、その辺の史実を頭に入れておくと、本作の緊迫感がより理解できるかと思う。

 ダンケルク撤退(ダイナモ作戦)の直前に、フランス・カレーで英軍に4000人という多大な犠牲者を出していた。政敵たちの「和平交渉をしては?」という提案は、チャーチルを蹴落とすためだけでなく、「これ以上犠牲者を出したくない」という思いから出た部分もあったのでは……と感じた。なにしろ英国は、第一次大戦で大量の戦死者を出してボロボロになっていたのだから。


 当時の英国の上流社会には、対独宥和主義者もけっこういたらしい。カズオ・イシグロの『日の名残り』で、執事スティーブンスが仕えたダーリントン卿もその一人で、和平目的とはいえ、ドイツのために尽力したことが出てくる。もっとも、そのために戦後、ダーリントン卿は不遇をかこつのだが。

 フランスの国境があっさりドイツ軍に突破されてしまうくだりは、ロマン・ガリの『夜明けの約束』(記事はこちら:夜明けの約束 - 横文字の島)だけでなく、色々な本で読んだ。フランスにもチャーチルみたいなリーダーがいたら、どうなっていたんだろう。まあ、英国同様フランスも第一次大戦でボロボロになっていたから、どのみちあの戦果を回避するのは難しかったのかな。


 原題「Darkest Hour」は直訳すると「もっとも暗い時間」だが、あえてタイトルっぽく意訳するなら「開戦前夜」だろうか。語源を調べると、チャーチルが1940~1941年頃に言っていた言葉で、英国にも侵攻の危機が迫っていた状況を指す。

The Darkest Hour - Wikipedia

 「言葉の魔術師」と呼ばれたチャーチルの演説は、政敵チェンバレンすら味方にした。後年回顧録を執筆し、ノーベル文学賞を受賞した。


 以下、余談。
 ダイナモ作戦開始にあたって、ラムゼイ提督が電話を受けた場所は、ドーバー地下の海軍指揮所。偶然だが、ここには行ったことがある。英語留学していたのがケント州で、休日にドーバーまで車で出かけ(メンバーは日本人とフランス人)、その時に「戦争博物館」という、第二次大戦中に使われていた設備を見学したのだ。ドーバー海峡に面した街の地下に、防空壕や病院、指令室の各種設備が隠されている。まるで映画のセットのようだった。

 ケント州から海の向こうを臨むと、天気の良い日には対岸にフランス側の白亜の崖が見えるらしい。ラジオをつければ、フランス語放送が聞こえてくる。そのぐらい大陸が近い。