「蜜のあわれ」
出演:二階堂ふみ、大杉漣ほか
監督:石井岳龍
2016年
室生犀星の小説を映画化した作品。人間の姿になれる赤い金魚と老作家の関係を軸とした物語。先入観を持たぬよう、小説を読まないで鑑賞。
老作家の名前は作中出てこないが、金魚の持ち歩く水筒に犀星の「犀」という字が書いてあり、室生犀星を意識しているらしい。
キャストを見ていたら、金魚売りの男(永瀬正敏)には「辰夫(たつお)」という名前がついている。漢字こそ違えど、どうしても室生犀星と交流のあった作家・堀辰雄を思い出してしまうではないか。金魚売りの男は丸いフレームの眼鏡をかけていて、これまた堀辰雄を連想させる。
老作家の前には、若くして亡くなった芥川龍之介の幻影が現れる。室生犀星と芥川龍之介は年齢が近く、昭和2年に35歳の若さで芥川が亡くなってから、室生は盟友亡き世界をずっと生きてきた。室生は昭和37年に72歳で亡くなっているから、芥川の2倍ほど生きたわけだ。
金魚をイメージした赤いドレスに身を包んだ二階堂ふみちゃんが可愛らしい。ひと時代前の古めかしい台詞がハマっている。真木よう子さんの女幽霊は美しい。設定とは言え、真木さんのような自分より若い女性が「おば様」と呼ばれるのは、リアルオバちゃんとしては複雑………。
そして高良健吾さん演じる芥川龍之介。動く芥川の姿は、本の宣伝用映像が残っていて、それを授業で見たことがあるけど、映画はカラーだ。動き、喋る芥川が見られるとは。写真だけでも雰囲気がよく出ていたが、映像を見たら、ほれぼれしてしまった。「ずっと見ていたい」と思った。芥川ファンにはたまらないんじゃなかろうか。
室生犀星が「蜜のあわれ」を発表したのは晩年のこと。大杉漣さんが老作家役を演じたのは今から2年前、64歳の時。現代では日本人の寿命が延びているし、室生犀星の時代(昭和30年代)の「老作家」より、どうしても若々しい印象(お肌のハリとか)。
映画公開当時のインタビューを読むと、役作りの上で大杉漣さんが老作家に「寄せた」ことが分かる。でも、最近予期せぬ訃報にふれた者としては、劇中の「死」に通じる台詞の数々が現実を先取りしているようで、つい画面に向かって「漣さん、そっちに行くにはまだ早すぎますよ」と呼びかけたくなってしまう。そのくらい、晩年にある老作家役が真に迫っていた。
老人と若い女性を描いた小説といえば、谷崎潤一郎や川端康成が有名だが、「蜜のあわれ」の存在を知って、室生犀星もそういう作品を書いていたのか!と驚いた。
もし、若くして亡くなった芥川龍之介とか太宰治とか(あと堀辰雄もだが)、彼らが長生きして老作家の仲間入りをしたら、どんな小説を書いただろうか。やはり「蜜のあわれ」のような作品を書いたのだろうか。
図書館の上映会で鑑賞。上映会の少し前に大杉漣さんの訃報が飛び込んできて、偶然だけど、手元にあった上映会の案内にこの作品が入っていた。厳密には遺作じゃないんだけど、遺作のような気持ちで鑑賞した。
大杉漣さんつながりで:
蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ (講談社文芸文庫)
- 作者: 室生犀星,久保忠夫
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1993/04/28
- メディア: 文庫
- 購入: 7人 クリック: 35回
- この商品を含むブログ (72件) を見る