「ホームズ、ロシアを駆ける:ホームズ万国博覧会 ロシア篇」
久野康彦編訳 国書刊行会
ロシア帝政末期(1907~08年頃)に書かれ、革命で消えた幻のホームズ・パロディ作品を集成。モスクワ、ペテルブルグ、シベリア……ロシア全土を舞台に、ホームズとワトスンが難事件に立ち向かう!
「ホームズ万国博覧会」の「中国篇」「インド篇」に続く第3弾は「ロシア篇」です。
国書刊行会様よりお送りいただきました。
帯を外すと、それぞれ舞台となった国を象徴するような絵が。
中国篇は上海郊外の建築または洋館のような建物、それと漢文。
インド篇は金閣寺(日本)と、楽器を弾くインド女性。
ロシア篇はコサックと、モスクワ・赤の広場の聖ワシリイ大聖堂。
まだ原作者のアーサー・コナン・ドイルがホームズ物語を発表していた20世紀初頭、革命前の帝政ロシアでは、作家たちが独自のホームズ・パロディを書いていた。ニキーチンによる短編3作、オルロヴェツによる短編4作の計7作を収録。
ニキーチンの作品では、モリアーティ教授に匹敵する強力なライバルが登場する。その手下共も悪人揃いなのだが、いずれも逮捕・収監されたのに脱獄して悪事を働いているという設定(いや、脱獄しすぎ! 怪人二十面相みたい)。合間にマルティーニ教授なる人物が名前のみ出てくるが、いったい何者なんだろう?
「恐るべき絞殺者」は密室殺人を描いており、もしかして当時、このテーマはヨーロッパで流行っていたのだろうか。古典ミステリの愛読者なら「もしや、あのトリックか?」と思うかも。
「アクション的要素が強い」という噂どおり、ホームズとワトスンが精力的に動き回る。トンネルに入ったり、山岳地帯を進んだり、潜水服を着て水中を探索したり。変装の割合も高い気がする(ワトスンも一緒に)。
後世に書かれた英米のパロディと比べると、原作の特徴を細部まで踏襲しておらず、たとえばホームズが熟考する時にはパイプをくゆらす(3服分)ところを、なぜか葉巻をふかしていたりする。
また、ホームズがいくら語学の達人といっても、さすがにロシア語までは堪能じゃなかったはず。ところが本書では、ホームズとワトスンはモスクワやペテルブルクに滞在しており、二人とも当然のようにロシア語を話す(そうしないと話が進まないのだろうが)。
・・・などなど、聖典の読者から見るとツッコミどころがなくもないが、ロシア各地を舞台にしており、まさに「ロシアを駆ける」の題名にふさわしい。シベリアの鉱山へ赴く「<兄弟鉱山>の秘密」では、ホームズたちがシベリア鉄道に乗る場面も出てくる。編訳者によると、ロシア色の強いものを選んだとのことで、ドン川やヴォルガ川が舞台となったり、コサックが登場するなど、ロシア情緒にあふれた(?)一冊となっている。
米国の探偵ナット・ピンカートン(ピンカートン探偵社のアラン・ピンカートンがモデルのキャラクター)も登場して、ホームズと競演するのも興味深い。
詳しくは巻末の解説をご覧頂きたいが、革命前のロシアでは、「分冊」形式の探偵小説が大衆に読まれたという。ニック・カーター、ピンカートン、ホームズといった外国人探偵が活躍し、ロシア独自の発展をとげた。その土壌を19世紀に築いたのが、なんとフランスの作家エミール・ガボリオだったという。その作品はコナン・ドイルよりも早い時期にロシア語に翻訳され、ロシアに独自の探偵小説が生まれるきっかけとなった。
この時代のロシアの探偵小説は日本ではあまり知られていないため、本書は作品・解説ともども、とても貴重な資料である。
以下、余談。
そういえば、言語は違えど、「分冊」の表紙に見覚えがあるなーと思っていたが、フランスでも同じようなものが出ていたっけ。
これは1997年にフランスで出た、表紙イラスト集みたいな本。実家に置いてあるので、今度回収してこよう(ちなみにフランス版の”現物”は所有していない)。
【ホームズ万国博覧会シリーズ】
インド篇:ホームズ、ニッポンへ行く:ホームズ万国博覧会 インド篇 - 横文字の島
万国博覧会シリーズではないが、同じく国書刊行会からはイタリアとフランスのホームズ・パロディ(パスティーシュ)が出ている。こちらもお勧め。
記事はこちら:
あとがきのあとがき シャーロック・ホームズの気晴らし - 横文字の島
ロシア版ホームズに興味のある方に:
(「ホームズ、ロシアを駆ける」と重複があるかもしれません。
追記:短編1作のみの重複とのことです)
- 作者: ピョートル・オルロヴェツ,P・ニキーチン,西周成
- 出版社/メーカー: 合同会社アルトアーツ
- 発売日: 2016/12/26
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