横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

もぎりよ今夜も有難う

「もぎりよ今夜も有難う」
片桐はいり キネマ旬報社

もぎりよ今夜も有難う

もぎりよ今夜も有難う

 

 

 女優・片桐はいりさんのエッセイ。銀座文化劇場(現在のシネスイッチ銀座)でもぎりのアルバイトをやっていた頃の思い出話と、仕事や旅行で地方都市を訪れた時に訪問した映画館の話で構成されている。

 


 もぎりのアルバイトは、大学生の頃と卒業後の合計7年間続けたという。プロフィールを拝見すると、私と8学年ほど違うので、丁度私が大学生になって、都内の映画館に通うようになった時期と入れ違いだ。なので、この本に出てくるのは、私が見ていない、1980年代の東京の映画館の様子なのだ。映画好きなお姉さんに「昔の映画館はこんな感じだったのよ」と教えてもらっているよう。

 読んでいると、シネコンの台頭以前はどこもこんな感じだったな~、完全入替制が始まっていなくて、行列しなければならなかったし、時には立ち見もあったな~と、懐かしくなった。もちろん、今の方がネット予約もできて格別に便利になったのだけど、「ちょっと時間が空いたから、映画でも見に行くか」ということは難しくなった。

 大学や勤務先が都心だったので、銀座の映画館にはよく行った。特に、シネスイッチ銀座は好みの映画がかかったので、主にレディースデーを利用して、かなりの回数足を運んだ。本書に出てきた、片桐さんも出演している「かもめ食堂」は、私が北欧ファンになったきっかけを作った作品。初日の舞台挨拶で古巣に凱旋してきた片桐さんにとっては、共演者の小林聡美さんの主演作「転校生」を見た思い出の場所でもあり、二重の意味で感慨深かっただろう。

 後半登場する、地方都市の古い映画館の話は、読んでいてわくわくした。時代の波に取り残されていったん閉館した後に、再開されたり。古い建築が好きなので、合間にネットで画像検索して、「うおおお、この建物見に行きたい~」と身もだえした。兵庫県にある豊岡劇場とか、映画館ではなくロケ地だが、山形県酒田市の割烹小幡とか。以前、書評を読んだきりだった『世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか』という本も、読んでみよう。

 旅先で映画館に入るという経験は私にもあるけれど、これほどユニークな映画館に思いがけず出会うというのは、なかなかない。片桐さん、持っている!

 「百年賛歌」は、サイレント映画の弁士・澤登翠さんの講座で活弁を学んだ話。おおまかな筋はあるけれど、あれって弁士の創作なんだ! 台本があるものだと思っていた。弁士の数だけ、違ってくるとは。

 2004年頃だったかな、日仏学院と法政大学でフランス・ミステリのシンポジウムがあって、プログラムには「ファントマ」の上映会もあった。弁士は澤登翠さんで、ピアノの生伴奏つきで鑑賞したっけ。ということは、弁士が違う人だったら、まるで違う語りになったというわけか。

 本書に収録されなかったけれど、他にもユニークな映画館を訪れたというので、ぜひ続編をお願いします。