横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

求人広告より低単価の仕事ばかり紹介されたら

 産業翻訳者が食べていくには、3つの関門をクリアしなくてはならない。

1:トライアルに合格する
2:仕事が来る
3:翻訳料が適正であること

 1の関門については、その前に応募要件をクリアしている必要がある(その分野の業務経験があるとか、翻訳支援ツールだとか)が、そもそもトライアルに合格しないと、次に進めない。こればっかりは実力だけでなく相性もあるので、受けてみないと分からない。

 


 2の関門については、トライアルに合格して晴れて登録したものの、一向に仕事が来ないケースだ。

 本当にあるのだ。

 たとえば、新規に立ち上げた翻訳会社で、色んな分野の翻訳者を大量に集めたけど、その分野の仕事はそもそも受注していないとか、翻訳者がたくさんいるから自分には回って来ないとか、色々考えられる。1、2回お仕事が来たけどその後は音沙汰なし、なんてことも。

 このようなケースは、翻訳会社に勤務していた時にも散見した。どんどん仕事をお願いする翻訳者もいる一方で、反対に、なかなかお願いする機会のなかった翻訳者もいた。同じ分野でも色々な種類の文書があって、翻訳者の得意・不得意を考慮して、コーディネーターは依頼する。

 これまた翻訳会社やコーディネーターとの相性もあるので、「仕事来ないな~」と思ったら、どんどん次を探そう。

 3の関門については、少し前に遭遇した。
 もし依頼が来ても、求人広告より安い仕事ばかりだったら!?

 産業翻訳の求人広告では、翻訳料が明記されていることが多い(変動の大きいものは書かれてないこともある)。それを見て翻訳者は応募するわけだが、登録後は、大体は広告どおりの条件でお仕事を頂ける。難易度や、翻訳支援ツールの有無によって翻訳料は変動するが、おおよそのラインは守られている。

 ところが稀に、求人広告とまるで違う場合もある。

 ある翻訳会社の求人広告では、「和訳で1ワード7~20円」だった。ところが、そういう仕事はまったく回ってこない。私は特許や医薬の翻訳者ではないし、翻訳支援ツールとか、スペックが不足しているのだろう。たぶん、求人広告のお仕事は、別の方に回っているのだろう。それならそれで構わない。2のケースのように、登録したものの、仕事が来ないこともあるのだから。

 で、実際に私に紹介されたのは、普通の価格帯のお仕事ではない。広告よりもはるかに安い価格帯のお仕事だったのだ。そこの翻訳会社が立ち上げた、早い&安いが売りのクラウド翻訳サービスの案件である。

 おいおい、私が応募したのは「1ワード7~20円」の仕事だよ?
 クラウド翻訳だったら、最初から応募しないぜ?
 言葉は悪いが、「1ワード7~20円」を餌にして人を集めたのかい!?

 なぜ私が腹を立てているのか、説明しよう。
 翻訳者ディレクトリやアメリアなどで募集しているのは、多くがプロ向けの価格帯の仕事で、応募するのはプロが多い。目指すのは最終的に「食える」翻訳だ。

 それに対して、クラウド翻訳の方は、低価格でお小遣い稼ぎの、それだけでは「食えない」翻訳だ。極端な例を挙げると、クラウドワークスやランサーズみたいな(1ワード1円またはそれ以下の世界)。最近だと、そこまで低価格ではないが、翻訳会社が子会社として立ち上げたクラウド翻訳の会社があり、早い&安いが売りである。あるサイトでは「1ワード5円」という数字を見たが、さらにそこからマージンが引かれるので、翻訳者にいくら入るのか想像してほしい。

 プロの翻訳者がどうしても暇な時に手を出す場合もあるが、何しろ「食えない」ので、多くの場合、留学生とか学生とか、語学が得意な素人さんがお小遣い稼ぎでやる感じ。駆け出しの翻訳者が経験を積むために挑戦してみるのは良いと思うが、あまり長居するところではない。その辺は『翻訳というおしごと』(実川元子著)にも書いてある。

 私には、「普通の翻訳」と「クラウド翻訳」は別物という認識である。
 金額の大小だけではない。
 色々な意味でだ。
 私がクラウド翻訳に手を出さないのは、そういう理由からだ。

 今回私が「ここの翻訳会社、変じゃね?」と思ったのは、プロ向けのまともな仕事だと思って応募したのに、素人向けの安い仕事を回してくる点だ。たぶん「この翻訳者、暇そうだから、適当にお仕事紹介してあげたら?」という事だと思うんだが、いや、違うんだよ。そういう事じゃないんだよ。

 別の言い方をしよう。
 たとえば、親会社の方に応募して、そっちの高い仕事を受注するつもりだったのに、いつのまにか断りもなく(「アンタ暇そうだね。安いけど、子会社の仕事で良けりゃ、やってみるかい?」とか聞かずに)、しれっと子会社の方の安い仕事を回してきた。そんなイメージ。
 うまく伝わっただろうか?

 よく職業柄、知人から「いい翻訳会社を知らない?」と聞かれる。個人翻訳者では対応しきれない分量・分野などで、翻訳会社を使った方が良いというケースである。そんな時、昔働いていた翻訳会社の元同僚のいる会社や、フリーランスとしてお仕事をして「優秀で感じのいい人たちだなあ」と思った翻訳会社を紹介する。

 で、今回のところは……他にも「何じゃこりゃ!?」な事が多々あったので、絶対に紹介しない。クライアントの立場からしても、まず利用したくない。

 ちなみに、他に被害者が出るのを防ぐため、求人広告の掲載サイトの運営者に連絡して、くだんの求人広告は取り下げとなった。場数を踏んでる翻訳者なら「変だぞ」と気付くけど、もしも初心者だったら……?「変だなー、でも、こういうもんかなー」と思ってしまったら……? そういうことだ。

 あ、そうだ。タイトルが質問形になっていたっけ。
 求人広告より低単価の仕事ばかり紹介されたら?

 断るのさ。

 でもね、毎回イライラしながら断るのもエネルギー使うんだよ。
 そんな時は、思い切ってそんな翻訳会社とはサヨナラするのも手である。

 次行こう、次!


このブログは、どうやら同業者の方にも見て頂いているようなので、書いてみました。ご参考まで。