横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

幕末日本探訪記 江戸と北京

「幕末日本探訪記 江戸と北京」
ロバート・フォーチュン 講談社学術文庫

幕末日本探訪記 (講談社学術文庫)

幕末日本探訪記 (講談社学術文庫)

 

  以前読んだ『紅茶スパイ』と『東京田園モダン』(記事はこちら)が面白かったので、本書も読んでみた。ロバート・フォーチュンは19世紀に活躍した、スコットランド出身のプラントハンター。プラントハンターというのは、園芸協会などの依頼を受けて、海外でクライアントの希望する植物を探してくる職業のこと。英国に現在のような紅茶文化をもたらしたのは、ロバート・フォーチュンの功績が大きい。

 


 さて、中国やインドのみならず、幕末の日本を、そのロバート・フォーチュンが訪れていたことを『東京田園モダン』で知り、びっくりした。鎖国を解いたばかりの、まだ西洋人が珍しかった頃に、日本でも植物を探していたとは!

 さすがに自由には動けないので、主に神奈川や江戸に滞在して、その周辺で寺や植木屋をあたっている。植物収集にも護衛の役人(おそらく帯刀の侍)たちが一緒について来て、煩わしいなあと思うけれど、宿への帰りが遅くなりそうになると、「日が暮れると危ないから」と注意され、慌てる。

 著者の滞在中には、生麦事件が起きたり、英国公使館が襲撃されたり、ただ西洋人として日本にいるだけで危険だった時代。よく、無事に生還できたもんだ。

 ちょうど江戸という時代の終焉を目撃したわけで、何かと物騒な事件が起きるのも、徳川幕府の権威が衰えている証拠と看破する。この時代の中国や日本など、外国に行って無事に帰って来られたのは、運の良さだけでなく、著者の観察眼、状況の分析力のおかげではないかと思う。

 お寺の住職や植木屋など、植物を介して地元住民と交流するくだりは、言葉は完全に通じなくとも、植物を愛する者同士の、ほのぼのとした雰囲気が感じられる。いきなり庭先に西洋人が現れてギョッとしただろうが、にこにこしながら植木を眺めているのを見たら、「この人は悪い人じゃないな」と察知したことだろう。

 昔、ヨーロッパの公園で、日本にあるのと同じような植物を見かけて、「あれ、こっちにもあるんだ」と驚いた覚えがある。八百屋で、柿や枇杷を見たこともある。あれは元はと言えば、プラントハンターの仕事だったのか~! 

 他にも、富士山の美しさに感動したり、英国にはない地震に怯えたり、著者の反応は、21世紀に日本を訪れる外国人観光客と何ら変わらない。特に日本文化を持ち上げるわけでもなく、上から目線で語るのでもなく、人々と同じ目線で、植物や暮らしぶりを伝えているのに好感が持てる。まだ19世紀なので、珍しい植物の収集に明け暮れているが、これが21世紀なら、恐らく著者は日本の盆栽にハマったのではなかろうか。

 

紅茶スパイ―英国人プラントハンター中国をゆく

紅茶スパイ―英国人プラントハンター中国をゆく

 

 

東京田園モダン

東京田園モダン