横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

島暮らしの記録

「島暮らしの記録」
トーベ・ヤンソン著 トゥーリッキ・ピエティラ画
富原真弓訳 筑摩書房

島暮らしの記録

島暮らしの記録

 

 

 島暮らしをこよなく愛したトーベ・ヤンソン。子供の頃から、夏休みは家族と島で過ごしていた。大人になって仕事が成功すると、ある島で夏を過ごすようになったものの、有名人である彼女を訪ねてくる人があまりに多くなり、別の島を探すはめになった。

 ようやく、クルーヴ島(ハル)と出会い、別荘を建てる運びとなった。本書は手ごろな島を探し、家を建て、最後に島を離れるまでの数十年間の記録である。

 


 クルーヴ島(ハル)の別荘については、伝記で読んだし、「トーベ・ヤンソン」展で原寸大模型を見た。島暮らしの裏側を語っていて、短いながらも読みごたえがある。さすがに建築にあたっては専門家の手を借りているけれど、女性ながら、トーベもトゥーリッキもフィンランド人らしく、「自分で」こなしているのがすごい。

 そういや、フィンランドに限らず、フランスでも、自分の家を自分達の手で数年かけて建てた一家を知っている。別のところに住みながら、週末ごとに通ってきて、素人でもできる部分は家族や友人たちの手で作業し、プロじゃないと出来ない部分は、プロに依頼したのだろう。一部の人だけだろうけど、ヨーロッパって、単なる節約志向でなく、そんな考えの人が多いのかも。

 別荘と聞くと、のんびり休暇を過ごすイメージがあるけれど、トーベとトゥーリッキはここで仕事もしていた。うーん、実際に模型を見たから思うけど、さすがに狭いんじゃないかな。ある程度の作業スペースが必要になるし、道具も置くし。仕事に煮詰まった時なんか、天気が良ければ外で気分転換できるけど、天気が荒れたらなぁ……。

 長期滞在で食料はどうしたのかと思ったら、船で運んできたものもあるけれど、網を仕掛けて魚を獲ったり、銃で鳥を仕留めたり、結構、自給自足ではないか。これが島でなく陸地だったら、これに加えて森でベリーを摘んだり、きのこを摘んだりするんだろうな。都市部に比べて少ない持ち物で過ごせてしまうところは、リアル・スナフキンな感じがする。

 「面白い!」と思ったのは、無線か何かで、付近の海に密輸酒が漂流していると聞いて、海に漕ぎ出すところ。海に出てみると、同じようなことを考えた人たちがボートを出していた! おまけに、潮流が変わって流されてしまったらしく、結局、密輸酒は見つからずじまい。さすが、バイキングの末裔だなあ。

 丹念に手入れをしてきて、それでもひとたび嵐が来れば、薪でも桟橋でも何でも波で流されてしまう。留守の間に、物を盗まれることもある。腹の立つこともあっただろうし、ヘルシンキに比べれば何かと不便だろうが、それでもトーベの文章は、どこか楽しそうなのだ。

 それだけに、年をとったある日、突然、作業が億劫になり、海が恐くなり――言い換えると、老いを自覚するところは切なくなる。大好きだった島暮らしを、自慢のボートを、諦めなければならないのだから。伝記によると、海に出られなくなった最晩年も、海や島に思いを馳せていたらしい。

 今でもフィンランドスウェーデンで、夏だけ島暮らしを楽しむ人たちがいる。トーベの頃よりもぐっと便利になっただろう。簡単に「真似したい」と言えるものではないけど、機会(とコネ!)があれば、チャレンジするのも面白そうだ。