横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

東京百景

「東京百景」
又吉直樹  ヨシモトブックス

東京百景 (ヨシモトブックス)

東京百景 (ヨシモトブックス)

 

 
 著者の敬愛する太宰治の『東京八景』にならって、「八景」どころか、なんと「百景」も書いてしまったというエッセイ集。数を百にするため、書下ろしが大変だったらしい。

 「明治神宮の朝焼け」では、「ピース」として綾部とコンビを組むようになったいきさつを語る。その場所が、原宿の明治神宮だったというのが興味深い。恋愛・結婚に限らず、縁をつかさどる場所として知られるからだ。養成所の仲間として顔見知りだったのが、それぞれ別の相方とのコンビを解消したばかりで、これからどうしようかと思っていた矢先、コンビを組むことになった。縁をつかさどる神様のはからいだろうか。

 


 2016年12月現在の読者なら、その後二人が「ピース」としてブレイクしたことをよく知っている。同時に、綾部がアメリカへ渡ると発表したことも。解散したわけではないものの、別の道を行くことになった二人の原点が、ここに描かれている。

「幡ヶ谷のサッカーグラウンド」では、芸人仲間(サッカー部出身者ばかり! )とサッカーを楽しんだ模様が描かれている。又吉も大阪・北陽高校の出身で、「ペナルティ」の二人は市立船橋の出身だったり、もう、正月にテレビで見る全国高校サッカーのOB版か! というような顔ぶれ。何気に豪華。

『太宰ナイト』開催時の模様を描いた「阿佐ヶ谷の夜」。自由律俳句の本を一緒に出したせきしろさん、そして、無名だった又吉に、本の帯の文章を依頼した西加奈子さん。未来の文豪を発掘した人たちの、眼力がすごい。あ、もちろん、後に小説の執筆を依頼した編集者も。

 故郷のお母さんを思うエッセイは、親元を離れて暮らす人なら、誰もが胸を打たれるだろう。宅急便をめぐる、お母さんの気持ち(息子を思って詰めてくれた荷物や手紙)。東京タワーにまだ連れて行っていないけど、いつか連れて行ってあげたいなあと思う、息子の気持ち。

 本書を読むと、地方から上京してきた人には「東京」の姿がどう映ってきたのかがうかがえる。上京してきたひとりひとり、目に映る景色は違うのだが、故郷との距離のとり方や、上京するまで東京に対してどんなイメージを抱いていたのかとか、そういったものだ。

 対して、東京出身者の気持ちを知りたければ、たとえば、ジェーン・スーの『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』に書かれている。東京の人は、そこまで気負っていないのだ。「東京で一旗あげるぞ!」なんてギラギラした野心もなく。

 本書に話を戻す。コンビニバイトについてのエッセイでは、仕事仲間にミュージシャンの卵や劇団員がいたとあり、私は大学の演劇サークルの仲間達を思い出してしまった。演劇にのめり込むあまり、大学を中退した先輩もいたし、留年して卒業した人もいたし、就職したのに一年で会社を辞めた人もいたし……。

 ちょうどバブルがはじける前後の頃だ。当時の仲間で、その後、テレビドラマのエンドクレジットで名前を見かけたり、舞台で評価されて新聞で名前を見かけた人もいる。所属していた劇団が消滅した人もいる。

 この本に限らず著者の本には、芽が出なくて途中で辞めて行く若手芸人がちらほら出て来る。畑は違うけれど、演劇の世界を覗いた私には、芸人の世界も、まったく見知らぬ世界には思えなかった。『パリの国連で夢を食う』(川内有緖)という本を読んだことがあるが、ここ、東京にも、夢を食う人達がいる。

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