横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

ブルーに生まれついて

「ブルーに生まれついて」Born to Be Blue
出演:イーサン・ホークカルメン・イジョゴ
監督:ロバート・バドロー 

 


 トランペット奏者でジャズ・シンガーだったチェット・ベイカー(1929~  1988年)の伝記映画。イーサン・ホークが「ジャズ界のジェームズ・ディーン」と呼ばれたチェット・ベイカーを熱演している。

 タイトル曲のほか、「マイ・ファニー・バレンタイン」など、数々の名曲が流れる。

 ヴォーカルをとりながら、トランペットも演奏するというスタイルのミュージシャンを初めて知ったのが、チェット・ベイカーだった。甘いマスクに、ささやくような歌い方。当時、女性ファンが多かったというのも頷ける。だが、その後半生については知らなかった。映画を見るまでは、あえて詳しい経歴を調べずにおいた。

 

 1950~1960年代といえば、米国のジャズシーンは、黒人ミュージシャンが活躍していて、白人ミュージシャンが出て来ると、それだけでやいのやいの言われた時代。映画「ストックホルムでワルツを」(記事)にもあったが、スウェーデンからモニカ・ゼタールンドが渡米した時も、何かと風当たりが強かった。

 本作にも、マイルス・デイヴィスディジー・ガレスピーが登場する。とりわけ回想シーンでも、本作の舞台である1970年代でも、ライバルともいえるマイルス・デイヴィスの存在がチェット・ベイカーには大きかったことがほのめかされる。

 本作を簡単に説明するなら、ドラッグが原因で表舞台を去った時期から、NYの名門ジャズクラブ「バードランド」で復活を果たすまでを描いたもの、だろうか。若手女優のジェーンと出会い、彼女の支えで生活を立て直すも、ドラッグの誘惑は断ちがたく……。

 エンドロール(英語)によると、伝記とはいえ多少の脚色が入っているとのこと。最後の「バードランド」の場面で、ジェーンが見つめるところも、事実とは違うかもしれない。それでも、カメラが楽屋の中を映すより先に観客は、チェットの顔にふれる仕草で――つまり緊張感に耐えきれず、ドラッグに頼ったかどうかを――知ってしまう。演奏が終わるのを待たずに、ジェーンが立ち去る場面が悲しい。

 ”最高の一瞬”のために、”最高の演奏”のために、ドラッグを断てないミュージシャンは少なくなかったらしい。悪魔に魂を売り渡すような行為だが、それに加えてチェットの場合は繊細さゆえに、ドラッグと縁を切れなかった。

 音楽は美しいけれど、見ていてひりひりするような映画だった。


チェット・ベイカーの誕生日に

 

Ost: Born to Be Blue

Ost: Born to Be Blue