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横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

黄金のアデーレ 名画の帰還

映画

「黄金のアデーレ 名画の帰還」Woman in Gold
監督:サイモン・カーティス
出演:ヘレン・ミレンライアン・レイノルズ
2015年 アメリカ・イギリス映画


 実話を元にした映画。

 2000年、米国在住でオーストリア出身のマリア・アルトマンがオーストリア政府を相手に訴訟を起こした。ベルべデーレ美術館にある”オーストリアモナリザ”こと、クリムトの「アデーレ・ブロッホバウアーの肖像 I」は、マリアの伯母アデーレを描いたものだった。ユダヤ系だった一族は、ナチスによって絵を奪われた。絵の正統な所有権を持つマリアは、政府に対して返還を求めたのだ。

 マリア・アルトマンは2011年に亡くなっており、この絵は現在はニューヨークのノイエ・ギャラリーにあるという。”オーストリアモナリザ”がどういういきさつで海を渡ったのかが映画では描かれる。訴訟を起こした時点で既に80代だったマリアには、気の遠くなるような裁判で、また、時間との戦いでもあった。

 



 マリアと組んだ若手弁護士ランディは作曲家シェーンベルクの孫にあたり、オーストリアの血を引いている。後で確認したら、シェーンベルクは米国に亡命していた。そういえば、映画「サウンド・オブ・ミュージック」も、トラップ大佐の一家がナチスの命令に従うのを拒否して、スイスへ逃れる話だった。最終的に一家は米国へ渡ったというから、あの当時、オーストリアから米国へ逃れた人は少なくなかったのだろう。

 マリアの回想として、戦前の豊かな文化都市ウィーンの様子が描かれる。現代に生きる私たち映画の観客は、この都市のその後も知っている。映画「第三の男」では荒廃したウィーンがモノクロで描かれていた。ナチスが、戦争が壊したのは街並だけでなく、文化や歴史や人々のプライドなど、たくさんのものを破壊した。

 オーストリアでの協力者として、ジャーナリストのフベルトゥス(ダニエル・ブリュール)が登場するが、その父親はナチスだった。父の世代の負の遺産を償うため、フベルトゥスはマリアとランディの調査に力を貸すのだ。

 最初は絵の金額につられて、つまりは高い報酬につながることを目的に協力した弁護士ランディも、ウィーンに行ったことで、彼の中で「何かが変わって」しまう。戦後の米国生まれ、英語を母国語とするランディが、ルーツであるオーストリアとの繋がりや、収容所へ送られた曾祖父母のことを想う。

 映画では、ウィーンにあるホロコースト警鐘碑を見たのをきっかけとして描いているが、実はフランスにも似たような施設がある。フランスもオーストリアと同様の歴史をたどったが、ナチスドイツに支配されただけでなく、フランス国民もユダヤ人狩りに協力した負の歴史がある。そのことを忘れないために、ドイツとの国境に近いブザンソンにはレジスタンス・強制収容所博物館がある。作家の佐藤亜紀さんが「あそこに行くと、皆、生気をなくす」と言っていたが、まさにそんな場所である。ウィーンの警鐘碑には博物館の展示ほどの生々しさはないが、ランディには充分だったのだろう。

 マリアがこの絵を取り戻したのは、奇跡に近いのかもしれない。絵の所有者がユダヤ系であった場合、その一族は命を落としている確率も高いだろう。また、後継者がいたとしても、いまだに返還されていない絵画は多いという。

 周囲から「勝ち目はない」と言われた裁判だったが、最後には勝利する。だが、マリアの失ってきたものの大きさに圧倒されて、手放しで「良かった」と言えないのだった。

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